|
太陽は天頂を過ぎ去り、半ばに至っている。南国の太陽は眩しい状態で、青い空を照らし上げていた。 波留は独りコテージの玄関先に立っていた。女性ふたりをその場で待っている。彼は着の身着のまま外出する事になる。接触電通が可能なのだから、決済もその掌を差し出せばいい。そうなると荷物は一切必要なかった。 ミナモは自分に割り当てられた部屋で何かやっているらしい。ホロンは彼女に合わせ、コテージの整理を行っている。ミナモの準備が完了した段階で、ホロンも共に出てくるはずだった。 おそらくは商業区画に買い出しに向かうのだから、トートバッグの中身を選別して身軽になろうとしているのだろう。彼はそんな風にミナモの現在の行動を類推していた。 未電脳化者である彼女にはペーパーインターフェイスの携帯が絶対に必要ではあるが、それも小型端末である。それのみを収めるならば、小さい鞄で適当であるはずだった――そう言う鞄を別に持ってきているならば。 ――それにしても、あの鞄の中には一体何が詰まっているのだろう。彼はふとそんな思いを抱いていた。 アイランドは電脳隔離区画である事実は、3度目の訪問である彼女は充分理解しているはずだった。だからあの接続バイザーも必要ないと判っているはずである。 仮にあの大荷物にバイザーが含まれていないとすれば、他に考えられるものとは一体何だろうと思う。彼自身が手ぶらで移動してきた事と真逆で、着替えの数着でも収まっているのだろうか? しかし、制服にはそんなに替えは支給されていないはずで、それだけに人工島内の一般的な制服はあまり汚れないような素材で縫製されていると訊いていた。気温が高い環境に生活する人間が纏う服なのだから、その辺りに配慮した素材を用いられていると。 ――…まあ、女性の鞄の中身なんて、男には全く判らないものだろうな。 波留は、そんな結論に至っていた。玄関を背にして太陽を見上げている。 静かな状況下では、遠くからは海のさざなみの音も聴こえてきていた。どうやら隣のコテージは特に音を出すような作業――例えば、バイオリンの音出しなどを行ったりもしていないらしい。 そんな彼の背中に、元気そうな少女の声が投げ掛けられていた。 「――波留さん!お待たせしました」 「ああ、ミナモさん…」 微笑みながら彼は振り返っていた。自然に視線を頭ひとつ下へと落とす。 そこに彼は、普段通りの少女の姿を見出す。いつものように制服姿に大きいトートバッグを抱えているミナモが、彼の目の前に立っていた。流石に部屋に中身の一部は置いてきているのか、トートバッグの容量は減っているようでへこんでいる。 ミナモは背の高い波留を見上げていた。太陽を背景に立っている黒髪の青年を、紅潮した頬で見ている。僅かにそよぐ風を受け、長い黒髪がなびいてゆく。そしてミナモの褐色の髪とセーラーも風の流れに乗るように揺らいでいた。 その彼女の背後にはホロンが控えるように現れていた。人間達の邪魔をしないように目礼し、そこに立っている。 「――では、そろそろ行きましょうか」 人員が揃った事を把握し、波留はそう言った。右手を横に差し出し、女性陣を導くような仕草を見せる。 それに、ミナモは弾かれたように反応していた。声を上げる。 「あ、波留さん!」 少女の声に波留は気付いた。歩くために一旦前を向きかけていたが、その行動を中断していた。彼の動きに従うように長髪が揺れ、ミナモの方を再び見ていた。 ミナモはトートバッグの中に手を突っ込んでいた。両手を突っ込み、その中身を探っている。大きな鞄に現在の容量が比例していないのか、奥まった底辺までに豪快に腕を差し込んでいた。開いた隙間から暗がりを覗き込み、何かを探り出そうとしている。 波留は彼女のそんな作業を只見ていた。何を取り出そうとしているのだろうと思うが、答えを見出すには情報が足りていない。ならば待とうと決めた。 ミナモはトートバッグ内の空間としばし格闘した挙句、何かを掴み出していた。勢い良く右手が引き抜かれる。そしてその勢いのまま、波留に対してそれが差し出されていた。 「――はい、波留さん。これ」 ミナモの手の中にあったのは、鋭角的なフォルムを持つサングラスだった。蒼い色調の半透明のレンズが特徴的である。その存在を波留は覗き込んだ。言葉が口から突いて出てくる。 「これは…」 「スーマランです」 波留の怪訝そうな声にミナモは固有名称を告げたが、波留が訊いたのはそんな事ではなかった。そんな事は彼には判り切っている事実である。そこにミナモの台詞が続いていた。 「これ、元々波留さんの私物じゃないですか。このアイランドだときっと似合いますよ」 つまり、自分が掛けろと言う事らしい。波留はミナモが言わんとする事を理解した。確かに彼女が言う通り、このスーマランと言う名のサングラスは、元々波留の私物だった。それが色々あった末にミナモにプレゼントとして贈られている。 「――ミナモさんがお掛けになればいいじゃないですか。あなたにも、きっとお似合いですよ」 波留の勧めに対し、ミナモは困ったように笑っていた。僅かに顔を紅潮させたままであるが、右手を胸の前でぶんぶんと振ってみせる。否定の言葉を発していた。 「この制服姿じゃ似合いませんよー」 ミナモのその態度に波留は意外そうな表情を浮かべていた。――あの大きな荷物に対する僕の推測は間違っていたのだろうか?そんな思いに至り、そこから生じた疑問をミナモに告げる。 「私服、持って来てないんですか?着替えたければ待ちますよ?」 「だって今回は私、学校の課外実習って名目で来てるんですよ?制服着てないと駄目です」 ミナモのその言葉に波留ははっとした。どうやら、そう言うけじめはきちんとつける子だったらしい――彼はそう感じ、少女の事をある意味誤解していた事を内心謝罪していた。そして彼女のそう言う面が好ましいのだと、ますます感じ入る。 とは言えミナモも私服を持っていくかどうか、少し迷っていたのだ。しかし訪問前夜に色々とファッションショーを行った事実を波留に告げないのは、迷った事を明かしたくないからではない。そこには気恥ずかしい物を感じたからである。 「――だから、波留さんが掛けて下さい」 そんなミナモはスーマランの蔓を摘んで持つ。波留に対して広げてやった。波留は微笑んでそれに応じ、屈み込む。顔をミナモに向かって突き出していた。 ミナモは照れたように笑いながら、波留の頭にスーマランの蔓を差し込む。平行して耳に蔓が掛かるようにする。彼の額の辺りに引っ掛けるように、サングラスを掛けさせていた。 波留はレンズの面が前髪に被さったのを感じた。それに伴い、ミナモの両手がゆっくりと離れてゆく。軽く構えたような状態のまま、彼女は両手を胸元まで戻していた。伺うような視線を波留に向けている。 その視線を受け止めつつ、波留は立ち上がった。伸びた前髪はサングラスに留められた状態になっている。視界が開けていた。 彼は右手を伸ばし、手探りでそのレンズ部分に触れる。蔓がきちんと耳元に引っ掛かっている事を確認した。そして視線を下に向けた。にっこりと微笑む。 「――似合いますか?」 「はい!」 波留の言葉に、ミナモは満面の笑みで頷き応えていた。 |