ミナモの自室は、蒼井家のロフトを使用している。人工島の地上居住区に位置するその家は、他の住宅同様に窓が大きく切り取られている。昼間は一面に青空が広がり陽光が差し込んでくるし、現在の夜間においては星空を見る事が出来ていた。
 髪を解いていつものパジャマに着替えたミナモは、室内で明日の準備を行っている。実習の一環として処理されるならば、やはり中学校の制服で行かなくてはならない。それをハンガーに掛け、壁に準備しておく。少しでも皺を伸ばしておこうと両肩を引き、スカーフも整えた。
 ベッドサイドテーブルには携帯端末が置かれている。電脳障壁が打ち立てられているアイランドならば、荷物となる接続バイザーは必要ないかと思うが、有線接続が可能な場所を利用するならばやはり必要なのかもしれないとも迷ってしまう。
 ――何せ、私は波留さんのバディなのだから。
 そんな想いが彼女の中に去来していた。メタルダイバーのバディであるならば、ダイブ中の波留のサポートを行う必要もあるはずだと考えていたのだ。
 もっとも、4月から7月に掛けての事務所での様々な案件について、彼女は真っ当に一般的なメタルダイバーのバディとしての役割を果たした事はない。波留のサポートは確実に行っていたが、それは他のメタルダイバーに適用してもいいようなものではないと彼女も自覚していた。
 サイドテーブルには携帯端末以外にも様々なものが置かれている。色々な年齢のミナモが居る数個の写真立てや色々な小物類がそれだった。林檎をモチーフとした置物に引っ掛けられた鋭角的なサングラスに、ミナモの視線が行く。
 起動すればそのレンズ面には色々が動画が投影されるはずだが、飾ってある状態の今は単にレンズの半透明の青があるだけだった。彼女はその蔓に指を絡ませ、置物から持ち上げる。顔に掛けるまでもなく、上にかざした。レンズの青越しに天井を見やる。
 アイランドは自然溢れる天然島である。人工島も確かに海と緑を大切にしている環境ではあるが、天然ものには何処か敵わない部分がある。
 ――このサングラスは、そんなアイランドには似合うだろうか。持って行こうか。彼女はそう思う。しかし視線を横に向け、壁に掛けられている制服に至ると、その考えも留まってしまう。女子中学生の制服にはやはり似合わない代物だった。
 そんな事を思うと、不意にミナモの脳裏に、夕方に交わした会話がよぎっていた。
 ――デートか何かの誘い?
 そこには、そんなサヤカの声が響いていた。
 あの時は何故そんな事を思うのだろうと、ミナモは感じていた。しかし、今になって考えると、リゾート扱いであるアイランドを訪れるのだから、そう言う印象もない訳ではない。
 波留さんは、いつも通りの姿でやってくるのだろう。
 7月末に彼の姿は、白髪の老人から黒髪の青年へと、あまりにも印象的な変化を遂げていた。しかしそこに浮かぶ雰囲気は全く変化していない。優しげで、柔らかな笑顔が、ミナモの思考には現れてゆく。
 あれ以来機会がなくなかなか出会えていなかったが、9月中旬に再会した際にはその印象のままだった。それ以降も大したやり取りも交わしていない。本当に、彼女が思っている通りに「何もない」のである。
 しかしミナモには、アイランドの青空にあの纏められた長い黒髪が翻る姿を、想像する事が出来る。普通のシャツとジーンズとを爽やかに着こなしているのだろう。そんな彼の隣に、自分が立つのだ。それを思うと、何故か頬が赤くなるのをミナモは感じていた。その頬に手を当てると、確かに熱さを覚える。
 ――波留さんに対して、少しはいい格好を見せたい。そんな事を彼女は思っていた。着飾るとかそう言うつもりではない。只、少しでも綺麗な印象を与えたかった。
 ミナモは室内に視線をゆっくりと巡らせる。そして、クローゼットに行き当たった。その傍らには、今日買い物した残骸たる紙袋がいくつか畳まれて置かれている。
 それを見ているミナモは、図らずも今日買った私服を思い出していた。クローゼットの中身と合わせ、脳内でそのコーディネイトを始めてゆく。そこには、色の種類を揃えているリボンや、サイドテーブルに存在するスーマランと言うブランドのサングラスも考慮している。
 そして彼女は立ち上がり、実際にクローゼットの扉を開けていた。そこに収めている様々な衣服を見やった。ハンガーに掛けられたそれを探り、見当をつけたワンピースのハンガーを手に取る。
 それを持ったまま、ミナモは室内を歩く。数歩先に置かれていた、壁際の姿見の前に立った。パジャマを着たままだったが、ワンピースを身体に被せてみてから姿見に自らを映し出す。只映しただけでは気に入らなかったのか、僅かに位置をずらして重ねてみたり、色々と行ってゆく。
 それは、ミナモ当人には全く自覚はない。しかしサヤカが見たならば、間違いなく「それ、どう考えてもマジでデートの前の晩にやる事じゃん」などと突っ込みを入れられるであろう行為だった。
 
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