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人工島の海岸通り、旧メインストリート沿いに存在している「アンティーク・ガル」とは、喫茶店でありアンティークショップでもある。しかし常連客の殆どは喫茶店としてこの店を利用しており、出される料理もその評判の高さに匹敵するものだった。 天然素材を使用するために価格設定は若干高目だが、学生であってもどうにか常連になれるだけの適当なものである。そのため、人工島中学校3年生の女子中学生3人組も、放課後ではない休日でも入り浸っていた。 地上区画の建築物であるため、店内へも窓からは太陽の光が差し込んでくる。壁面を伝う蔓草や店内のあちこちに配置されている観葉植物がその陽光に複雑な文様と微妙な陰影の影を落としていた。そこにキッチンやテーブルから漂う料理の香りと、植物やその鉢が発する微かな緑や土の匂いが混ざり合う。 土曜の夕方に近い昼下がりではあるが、アンティーク・ガルの6つしかないテーブルは埋まっていない。その中のひとつは3名の私服姿の少女達が座っていた。彼女らの小脇にはそれぞれショップの紙袋が置かれており、買い物帰りとの印象を与えてくる。 「――最近忙しかったけど、久々に色々と買えたわねーいい服見付かって良かったー」 高く可愛らしい声を上げる少々ふくよかな少女は、相変わらず大きなパフェにスプーンを差し込み、そこにあるバニラアイスとクリームとを掬い上げていた。紫のロングスカートのワンピースを纏っているが、制服の時と同様にはちきれんばかりである。 「ほんと、忙しくて…最近はメタルでメタ友と話すのが精一杯」 ショートパンツにTシャツの上からジャケットを羽織っている活発な印象を与えるショートカットの少女は、やはりコーヒーを傾けていた。発した台詞からして、彼女もまた、忙しいと言いつつも普段のペースは保っている様子である。 「皆、進路決まった?」 私服姿であっても髪に大きなリボンを装着する趣味は変わらないらしい。やはりミニスカートから生足を露わにしている長袖シャツの少女は、3色のアイスが乗った皿を突付いていた。 その問いに、神子元サヤカはコーヒーカップから口を離した。横目で隣の蒼井ミナモを見る。 「ニャモは介助士で決まりでしょ?そのために実習やりまくってるんだから」 ミナモはそう言う事情で忙しいのだと言う事を、サヤカや伊東ユキノは友人として知っていた。そして実習を送っているのはミナモばかりではない。他の進路を選んだクラスメイト達にも、同様の忙しさを送る者も少なからず存在していた。 メタルを根幹とした生活を送る以上、人工島中学校では実践的な教育が重視される。場所や時間を問わず脳内で接続コマンドを試行するだけでメタルに繋がる事が出来る人工島では、過去やメタルが普及していない他の地域で健在である詰め込み型教育は意味を成さないからだ。 となると、中学生にして既に将来を見据えた少年少女達は、その進路を目指して早くも実地で実習や研修を行うようになる。人工島の義務教育では、それが単位として認められる体制となっていた。その最終年次たる中学3年生の10月となれば、同じクラスであっても各々がかなり違うカリキュラムをこなす事態となっていた。 「まあ、そうだけど」 言葉を濁すミナモに、サヤカはにやりと笑う。コーヒーカップを手にしたまま、身体ごと隣のミナモを見やった。瞳に笑みを浮かべ、興味津々と言った感で尋ねてくる。 「――で、波留さんとはどうなってるのよ」 「…何でそこで波留さんなのよいつも」 ミナモは口を尖らせた。それは、この手の話題になった際のいつもの態度である。両人ともそうだった。 このサヤカは、事あるごとにミナモに対して波留真理と言う名の青年との関係性を知りたがってくる。しかしミナモ自身としては、特筆すべき事はそこに何もなかった。波留とは普通の付き合いをしているだけだ。なのにどうして特別な事でもあるかのように、訊いてくるのだろう――その辺が、ミナモにはある種の不満だった。 もっとも、サヤカや現在は傍観者たるユキノにしてみたら、ミナモと波留の関係性は「普通」には思えないものだった。それは恋愛やその他の人間関係に興味を持つ下世話な女子中学生の感性から来るものばかりではない。ミナモが波留の事を語る時の仕草や態度を見ていると、そう言った考えに行き着く他なかったのだ。 何より7月末にアイランドの海岸線にて、ふたりを前にしておいて尚、青年と少女とが抱き合っていた姿を思い起こすと、それ以外の何を考えれば良いと言うのか――サヤカやユキノには、そう言う事情がある。 ふたりの心情を推測する事もなく、ミナモは仏頂面を保っていた。波留と構築している関係は悪いものではなく、むしろ幸せなものだった。しかしそれを他者から面白がって訊かれても、ミナモとしてはあまり楽しくはない。所謂惚気を行う気は、彼女には全くなかった。 そこに、電子音が響き渡った。それは単純な電子音であり、連続して鳴り続けて来る。それは酷くやかましい音ではないが自己主張するには充分な音量であり、会話していた少女達にその存在を誇示してきた。 その音を耳にしたミナモはすぐに自らの鞄を覗き込んだ。両手を鞄の口に突っ込んで中を探る。乱雑に中を掻き回した挙句、右手に掴んで引き出したものは、彼女のペーパーインターフェイスだった。 その待ち受け画面が点滅しており、光が明滅している。鞄の外に姿を現すと音量も増して聴こえてきた。ミナモはその画面を確認する。 「――ソウタからだ」 ミナモは画面に表示されていた名前を見て、その名を口にしていた。それに隣のサヤカが反応する。 「何、お兄さんから電通?」 「うん。ちょっと待ってて」 友人の問いにミナモは頷く。ピンク色の携帯端末を耳に当てた。タッチパネル式のボタンを操作し、電通回線を開く。 ミナモは人工島住民の中では少数派に当たる未電脳化者だった。電脳化している人間同士ならば、電通は脳内でコマンドを試行する事により会話する事が出来る。 しかし未電脳化者のミナモにはそれが出来ず、前時代の携帯電話のような形式で電通をやり取りするしかなかった。それでもミナモとしては、この行為には特別に不便を感じる事もない。電脳化している側も通常の手順で電通を送信する事が出来ているため、同様だった。 ともかくミナモはサヤカ達からの厭な追求から、この兄からの電通に救われた格好になる。普段ならば友達との会話中に兄が割り込んできたら鬱陶しい事この上なく思うものだが、今回ばかりは違っていた。隣に座るサヤカや向かいの席に座るユキノに背中を向けて電通を受ける。 「――ソウタ。何か用?」 ――…ミナモ。お前、今晩は家に居ろって言っただろうが。 兄から届いた電通は、不機嫌なものだった。兄側から送信されているのは彼の脳内からの思考であり、そこには感情が乗せられているような気がミナモには感じられていた。 その電通にミナモはつまらなそうな表情を浮かべる。確かに約束事は抱えていたが、文句を言われる筋合いだとは思わなかったのだ。 「まだ夕方じゃない。ソウタ、もう家に帰ってるの?」 ――ちょっとな。実は…―― ソウタは前置きもそこそこに、話を始めていた。ミナモはそれに聞き入っているらしく、時折相槌を打つばかりで台詞を挟む事はしない。 その背中を、サヤカとユキノは覗き込んでいた。「お兄さん」とどんな会話をしているのだろうと、興味津々である。長々と電通を交わしていくうちに、ミナモが嬉しそうな声を上げるのを、彼女らは耳にしていた。背中が大きく揺れ、頭のリボンがまるで喜びを表すかのように飛び上がって見えた。 そのままの印象を保ったまま、ミナモは耳元から携帯端末を外す。彼女は楽しそうに頷いていた。その様子に、サヤカはミナモの背中に声を掛ける。 「――どうしたの?何だって?」 その問いにミナモは勢い良く振り返る。露わになった顔には満面の笑みが張り付いていた。振り返った勢いに長い髪を揺らしつつ、ミナモは嬉しそうな声を上げて答える。 「波留さんが、私と一緒に仕事しないかって!」 「………はあ?」 サヤカには、話が見えなかった。眉を寄せて大きく口を開けて、そんな声を上げる他ない。どういう事情でそう言う話になっているのか、全く判らなかった。 そんな友人の心境など、ミナモは知った事ではない。うきうきと、両手を曲げた状態で、身体を揺らしている。本当に嬉しそうである。 「ソウタからの仕事でアイランドに行くから、私にその手伝いをして欲しいって」 そのミナモの台詞は、ある程度は先の内容を補足していた。しかしそれでもサヤカの理解には足りていない。だから、アイランドと言う自然溢れる南国のイメージから考えた事を、口に出す。 「…何それ。デートか何かの誘い?」 「………だから、サヤカは何でそう言う方向ばっかりに捉えるかなあ?」 サヤカの言葉に、ミナモは肩を落とす。その顔を再び上げた時には、頬を膨らませていた。 |