今回、波留が電理研より委託したメタルダイブの案件とは、この鮫型自律プログラムのメタルの海からの排除だった。
 電理研のシステム管理部がメタルのある区域の異変を観測した頃、その鮫が何処からともなく出現していたのである。
 その鮫は海を回遊し、そこに漂っているメタルのデータを無差別に喰らっていた。失われたデータは、鮫に攻撃して破壊されたのか、或いはその身に取得されているのかは判然としない。だからそのホホジロザメの形態からのイメージ通り、電理研は「喰らっている」との表現を選ぶ事となっていた。
 多少のデータの欠損ならば、広大なメタルにおいては憂慮すべき事ではない。いくら貪欲に喰らおうとも、たかだか鮫1匹のしでかす行為に過ぎないのだ。それはリアルの海とも類似した人間側の対応だった。
 しかし鮫が回遊する領域の近海で作業を行うメタルダイバーが襲われ、鮫が保有する強大な攻撃力が明らかになると、電理研としても悠長な事は言っていられなくなった。
 ホホジロザメのアバターを持つ攻撃性思考複合体がその海域を回遊している旨は、メタルダイバー達に警告されている。ダイバー達もそれに従い、その領域に到るダイブを行う際には攻撃プログラムを装填したり防御プログラムを常備したりと各々対策を取っていたはずだった。そして危険が事前に明らかになっている領域なのだから、それなりの腕前を持つダイバーにしか案件の斡旋は行われていない。
 だと言うのに、全てのダイバーが被害を受けたのである。遭遇し逃げようとしても逃げ切れるものでもない。攻撃を加えても返り討ちにされる。それも与えられた被害も尋常なものではない。ブラックアウトで済めばまだいい方で、ブレインダウンにまで追い込まれたダイバーも存在していた。
 事前警告を受け容れて対策を取っていたはずの、それなりのレベルのダイバーでさえこうなのである。最悪を極めた場合、電脳を焼かれて電脳死に至るダイバーすら出してしまう可能性をも、電理研は考慮する必要に迫られつつあった。
 こうなると、その要因を元から断つ他ない。鮫の駆除がそれに当たった。
 無論、ダイバー達をメタルの海から葬ってきた鮫を向こうに回す案件である。並大抵のダイバーに、その案件を回す訳にはいかなかった。
 そうなると、依頼するダイバーは自ずと特定される。現在の電理研における実質的なトップに当たる蒼井ソウタは、その「統括部長代理」との地位を用いて波留にその案件を依頼していた。
 電理研にとって波留真理と言うメタルダイバーは、他の誰とも替え難い突出した才能の持ち主であった。件の鮫とは、その彼をぶつけても惜しくない存在であると認識されていた。
 案件を回された波留は、それを精査した末に了承する。舞台はメタルとは言え、海の安全の確保は彼の望む所だったからである。無論、行き過ぎた「人間の平和」の拡大は自然にもとる行為ではあるが、この鮫の存在は何処かがおかしいと彼は直感していた。
 しかし彼独りではとてもこなせない案件であるとして、協力するダイバーを募る所から彼自身が始めるとの条件を電理研に飲ませていた。ソウタもそれを快く了承している。
 そうして波留は準備に取り掛かる。鮫が回遊する領域は特定されているのだから、その周辺海域の地形をまず把握した。そこに何か使える物はないかと考え、間欠泉の存在に気付く。その間欠泉の観測データを取得し、その放出時間の規則性を掴んだ。
 となると、その間欠泉の存在を、作戦内に組み込んで構築する事になる。波留自身が囮となり、鮫を間欠泉へと追い込むのだ。幸いにも鮫の回遊領域から間欠泉に至る道筋は洞窟状になっていて、鮫を単純に導く事が可能だった。
 間欠泉に鮫を追い込んだ正にその瞬間、間欠泉が噴き出すように時間を調整する必要があった。鮫の下方からいきなり不意打ちの一撃を食らわせなくては、そこに導いた意味がないからである。
 そうやって鮫を間欠泉が噴出する海流に巻き込み、海上方面へと吹き飛ばす。吹き飛ばされる過程において軽い減圧症に追い込む事も可能だろうが、相手が海に君臨する存在である以上それでとどめを刺せる訳もない。
 だから、間欠泉の噴出ルートの上部にダイバーを配置し、そこに網を張って鮫を捕獲する。
 彼らは網で鮫を捕獲した後も破られる事なく保持する必要があるため、やはり相当の使い手でなくてはならない。メタルダイバーとしての能力も高く、暴れて抵抗するであろう囚われの鮫に怯えるような人間であってもならない。
 そうなると、波留は信頼するふたりのメタルダイバーの同僚に助力を頼む事とした。ここにフジワラ兄弟が起用されたのは、そう言う事情に拠る。
 捕獲した鮫にとどめを刺すのは、また別の人員を必要とする。そのダイバーはそこに待ち構え、銛型の攻撃プログラムを用いて鮫を貫き破壊する事になる。
 ここまでお膳立てをしたならば、そのダイバー自身には酷く高い能力は必要としない。だから波留は既知のダイバーの中から自由に動けそうなあの銀髪の少年を選び、依頼をしていた。
 波留が必要としたのは、自らを含めて4名のダイバーのみだった。それがこの計画における必要最低限の人員であり、それ以上の人間を用意した所で何の役にも立たないと彼は判断した。
 相手は致命的な攻撃力の持ち主である。言ってしまえば、足手纏いとなり得る人間を配置した所でどうにもならない。適度な能力は持っていてもそれが自分の身を自分で守れる保証にはならないと、今までの鮫の襲撃データが無言の忠告を示している。
 これ以上の人員配置は、せいぜい鮫の攻撃を拡散させる標的になって貰う程度の事でしかない。それは人道的に許されない行為であるし、彼の思考の範疇外だった。波留真理とはそう言う人間だからこそ、囮役は自身が行うつもりだったのだ。
 
[next][back]

[RD2ndS top] [RD top] [SITE top]