波留が纏う雰囲気が、真に柔らかいものとなってゆく。隣でふたりの会話を見守ってきていたミナモはそれを感じ取り、微笑ましい気分になっていた。
 彼女の表情にもそれは表れる。少し照れた風に微笑んでいた。その笑みを浮かべたまま波留を見上げ、次いで義体へと視線を下ろした。口許に笑みを浮かべた波留と、あくまでも無表情な義体の顔立ちは対照的である。
 義体の造形自体は彼女が知る「久島」と同等ではあるが、浮かべる表情は違っている。しかし少女にはどちらにも重なる部分があるように思われていた。「お友達」として、微笑ましい要素を感じる事には変わらなかった。
 そんな少女の視線を浴びつつも、義体は波留を見据えたままである。質問を受けない限り、人間には興味を持たないのではないかと思わせるものがあった。その彼が、僅かに首を傾げる。
「――どうした。メタルで何か発見したのか?」
 義体が発した怪訝そうな声と問いに、波留は反応した。顔を上げて質問者を見やる。
「…いえ、違うんですけどね。あくまでも一般論としての疑問であり、仮定です」
 僅かな沈黙の後、彼は胸の前で片手を振りつつそう返答していた。その顔には苦笑が浮かんでいる。しかし隣に立つミナモには、その波留の言動が、何処となく弁解めいたもののように感じられていた。
 人間達の思惑を、義体は無視している。そもそもの質問者からの仮定を自分の中で発展させてゆく。
「もし本当に久島永一朗の記憶のジャンクを発見したならば、速やかに電理研に提出する事だ。復元出来たならば人間にとっては宝となるだろうし、それは電理研委託ダイバーたる君の義務だ」
「判っていますよ」
 ――我ながら、いけしゃあしゃあと言えたものだ。波留は自らの電脳に例のジャンクデータを表示しつつ、そう思った。意味を成さない文字列が並ぶ擬似的な視界の向こう側に、リアルに存在する久島の義体を見出している。
 波留は顔を上げた。目の前に並ぶ文字列を打ち消すように視線を外す。口調はどうあれ、まるで諭すような言葉を並べてきた義体に対して、仮定を重ねてゆく事にした。前屈みになり、モノリス状のデスクに両手を付く。視点が低い相手を覗き込んだ。
「仮に――僕が久島の記憶のジャンクを持ってきたら、あなたに復元出来ますか?」
 相手の顔が近くなり、義体の義眼に大きく映し出される。しかしそれにも彼は反応を見せなかった。態度を変えないまま、答えてゆく。
「絶対とは言い切れないが、助力を与える事は出来るだろう。私が保持している彼の記憶の中に、同型のデータが存在する可能性もあるからな。しかし私は、電理研にその件について報告せざるを得ない」
「…やはりそうなりますか」
 波留は嘆息した。AIの基本設定として、人間への奉仕がある。現状の彼は電理研に半ば管理されているような状況なのだから、その指示には従うだろう。
 もし電理研からの命令に背くとするならば、それはマスターやシステム管理者と言った個々のAIに対して明確に指定されている上位者からの命令と相反した時だ。波留はそのどちらにも当て嵌まらない以上、AIに指示を強要する事は不可能だった。
 その結論に至り、彼はデスクについた両手の指を曲げる。義体から視線を外した。モノリスの盤面を見やるが、メタルに接続しない以上それは単なる黒色の板だった。
 頭を傾けると、長く垂らされた前髪が目許に掛かり視界を遮る。そしてそれは外部からも彼の顔を隠す事となっていた。
「――僕からの質問は、以上です」
「そうか」
 自分の方を見ていない波留の言葉に、義体は首肯するのみだった。その態度は当初から一貫したままで、変化していなかった。
 ふたりの姿をミナモは只、見守っている。
 
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