電理研に君臨する統括部長のプライベートルームともなると、かなりの深度の海底区画に位置している。それはセキュリティ上殆どの人間の立ち入りを許可しないように、その区画自体を普遍的な勤務区画から大きく外しているからである。
 更には通行しようとする人間に対する認証も厳しく、コンソールが至る所に存在していた。その都度コンソールに掌をかざし、通行を承認して貰わなくてはならない。そしてその通行ログは一定期間保存され、万一の事態に備える事となっている。特に7月を経た今、統括部長がテロに見舞われたと言う厳然たる事実の前には、監視体制も強化されると言うものだった。
 現在の電理研を形式的にでも統べている部長代理たる蒼井ソウタであっても、その認証手続きの例外には至らない。彼は白い杖をついて右足を引き摺りつつ、長い道程を進んでいた。
 結果的に歩みが遅い彼の背後には、ゲストたる久島のぶ代が従っている。そしてその背後からは更に波留とミナモも着いて来ていた。彼らもまたソウタに追随し、掌や携帯端末をコンソールにかざして通過ログを残して行っている。
 白い廊下の壁面の一面はガラス状になっていて、外の海底に隣接している。相当の水圧が掛かっているはずだが見かけに拠らず外壁は強固であり、軋みすら上げる事はない。只、深海の静けさを伝えてきており、空調は適温と保っているはずなのに精神的にはひんやりとしたものを感じさせる。
 相当な深度の海底区画には太陽の光すら一切届かず、その周辺部には海底都市群に乱立するビルも隣り合って居ないので光が漏れてくる事もない。そのために外は暗く藍色めいていた。その廊下を天井に設置された薄明かりが照らし出している。
 静かな廊下にいくつかの靴音と硬い杖の音が響き渡る。しかしそれも途切れた。彼らは廊下の突き当たりに立ち止まる。そこには部屋の扉があり、その脇には半球形のコンソールが設置されていた。
 もういくつのコンソールに触れてきたのかも判らなくなってきている。しかしソウタは機械的にそこに掌をかざす。すると何事もなくコンソールが光を発し、僅かな電子音と共に彼の電脳に対して入室許可のダイアログを表示していた。
 次いで部屋の扉がゆっくりと開き始める。ソウタは頷き、コンソールから身体を引いた。後続の人々に譲る。彼自身は杖をついて身体を扉の正面に導き、その奥から僅かに漏れる灯りを浴びていた。
 
[next][back]

[RD2ndS top] [RD top] [SITE top]