老女が静かにその言葉を放った瞬間、この応接スペースの空気が凝固した。 固形化した空気の中、ミナモは息を飲み、思わずテーブルに手をつく。その衝撃でカップが揺れ、残っていた紅茶が零れる。彼女のティーセットのソーサーを軽く濡らしていた。 胆力があるはずの波留でさえ、瞠目して身じろぎをしていた。持ち上げていたカップとソーサーを持つ手が硬くなる。それらは僅かに接触し、高い音を立てていた。 部外者であるそのふたりは、その事情を全く知らなかった。だから彼らの視線は一斉にソウタの方を向く。 ソウタは俯いたままだった。その唇が震えるように動き、微かに言葉を漏らす。 「…そうなりますね」 「――え、ソウタ、それってどう言う事なの!?」 ソウタが言葉を搾り出した瞬間、室内の時が動き出す。ミナモは思わず中腰になり、ソファーから上体を浮かせていた。両手をテーブルの上につき、向こう側に座っているソウタを上から見下ろす格好になる。 ――弟を、殺す? だって、久島さんは、既にあんな事になってしまっているのに。 少女の脳裏にはそんな疑問が発生していた。そもそも最早普通の状態ではなくなってしまっている久島永一朗そのひとを、一体どうすると言うのだろう。「殺す」とは、穏やかではない表現だが――。 「…ソウタ君。宜しければ、僕にも判るように説明して頂けますか?」 一時の衝撃からとりあえずは立ち直ったらしい波留も、静かにそう質問していた。若干硬い動きで手にしたカップ一式をテーブルの上に戻す。その間も彼はソウタから視線を外さなかった。 ――不躾ではあるが、この場に同席を許されているのだ。判らない事については質問してもいいだろう。彼はそう思い、ソウタに説明を求めている。 表向きの態度に温度差こそあれ、同様の質問を寄越してきているふたりに対してソウタは顔をゆっくりと上げた。明らかになったその表情は苦渋に満ちている。 その顔を晒しつつ、彼は静かに説明を始めた。この久島のぶ代と言う女性に対して電理研が依頼しようとしている案件の詳細が、語られてゆく。 |