電理研にリラクゼーションルームは数あれど、利用者が多いのはやはり地上の庭園を模したものであるのは変わらない。
 今日のフジワラアユムは、珍しく独りでリラクゼーションルームに足を踏み入れていた。電理研入りしている彼のいつものスタイルの通り、青いツナギに身を包んでいる。小柄な彼は頭の後ろで両手を組みつつ、人々の間を抜けて行った。歩きつつ軽く伸びを打ち、大欠伸をしたりもする。
 白衣姿の職員の姿が大半だが、中には別の格好をしている人間も居る。アユムもその「別の格好」の一員である。電理研とは様々な人間が働く巨大企業だった。
 建物の白とそこに絡みつく植物の緑、それに人工的に投影された空の青を視界に入れつつ、アユムは歩いてゆく。何処かに人気がないベンチはないか、探していた。
 その風景の中、彼は白衣でなければその他の制服姿でもない人間の集団を発見した。更にその中に、彼は馴染みの人物を見出した。思わず手を挙げ、その名を呼びかける。
「――波留さん!」
「…やあ、アユムさん」
 ベンチに腰掛けていたその人物は、にこやかに微笑んでアユムの方を見た。軽く会釈すると黒髪が揺れる。
 アユムは小走りにその茶色いベンチの方向に歩み寄っていた。丁度空いている波留の右隣に滑り込むように腰を下ろす。若干崩れた体勢のまま、波留を見上げた。
「着替えてるって事は、仕事終わったんすか?」
「ええ。先程」
 波留は微笑んで答えた。彼の今の服装は青いツナギではなく、彼の普段着だった。何の変哲もない青いシャツとジーンズである。
「俺はこれからっすよ」
 頭に手をやり、アユムは笑って言う。彼のトレードマークである紅いバンダナをその手で撫でた。
 と、波留の更に隣には誰か座っている事に気付く。彼らはこちら側を伺うように見ているので、第三者と言う訳ではなさそうだとアユムは思った。そしてそのある種の無遠慮なその視線を波留は咎めるでもない。と言う事は、波留とは知り合いなのだろうとの推測まで至っていた。
「――こちらさん達は、波留さんのチームの?」
「はい。タツミさんと勝嶋さん。以前、別の仕事を御一緒させて頂いた事もあります」
 波留に名前を呼ばれて紹介された男達は、アユムに対して頭を下げる。そんな彼らにアユムは胸を張り、自らの名前を名乗っていた。しかし反応は芳しくなく、自称電理研TOP3ダイバーとは言え名前は売れてないのかと彼は肩を落としがちとなった。このふたりはメタルダイバー専業ではなくむしろリアルのダイバー稼業の方を続けているから、メタルダイバーの事情に疎い事が大きな理由となっているのだが、その辺りを説明する人間はこの場には居ない。
 波留は9月初頭の電脳化直後、電理研統括部長代理の任に就いている蒼井ソウタからの要請を受け、電理研委託メタルダイバーに復帰している。8月初頭に統括部長代理から持ちかけられた「電理研の幹部への就任」要請は結局固辞したままであったが、それでも現場のダイバー達に対してはチームリーダーとしての任に就く事が多かった。
 電理研オペレーターは波留のみをサポートし、波留は自らのサルベージ作業をやりつつ他のダイバーに気を配って情報を送る。そうする事でオペレーターの削減に繋がり、他の作業にアンドロイドを回す事が可能となっていた。
 波留は今日もそうやって仕事をしていた事になる。チームリーダーとは言うが、他にそのような任に就くダイバーは居ない。それはアユムも同様である。
 そんな波留の仕事振りを理解しているアユムは、それに順ずる質問を投げ掛けた。
「今日はこの人達だけですか?」
「いえ、他にはあそこにいらっしゃる方と…」
 波留が手で指し示した先には、銀髪の細身の少年が立っていた。ある程度の距離を取ってはいるものの、遠巻きにこちらの様子を伺っている。同僚となった人物の事が気にはなっているものの、溶け込もうとはしていないらしい。
 その姿を認め、アユムは口許に手をやった。波留の耳元に顔を寄せ、何故か声を顰めるように言う。
「…どう見ても人工島外部からのダイバーっすね」
 アユムのその態度を波留は意に介さない。指摘された事は事実ではあるが、波留にとってはそれは然程重要な事ではなかったからだ。だから受け流し、相変わらず朗らかな様子で応対していた。
「ええ。他にももうひとりいらっしゃったのですが、もう査定が終わったのでお帰りになりました」
 波留の台詞に、何か思う所があるらしい。アユムは腕を組み、渋い表情になった。
「登録ダイバーも色々変わっちゃってて、波留さんも面食らってるでしょ?」
「いえいえ…僕は僕に出来る事をするだけですから」
 アユムの渋い顔にも波留はにこやかに答えるだけだった。その大らかな態度に、アユムはやはりこの人には敵わないなと思わざるを得なくなる。
 人工島外のダイバーはダイブの手法や装填プログラムなどに独自理論を用いてくる事が多い。どちらも自分の地域のメタルの設定に合致したローカルルールであるのだが、それを当然だと思って人工島においてもそれを振りかざしてくるダイバーが多かった。元々メタルダイバーとは、個人単位か多くてもバディとの2人組のフリーランス職業であり、それだけに我が強い人々が多い。郷に合わせるのではなく自分のやり方を押し通そうとするものだった。
 しかし、やはり人工島のメタルの事を良く知らないまま他の手法を用いようとするダイバーは、危険な目に遭う事が多い。アユムはそれを恐れ、島外からのダイバーを矯正しようとするのだが、なかなか理解して貰えない事が多かった。それに日々うんざりさせられている。
 チームリーダーの任に就く事が多い波留は他のダイバーと組んで仕事をする事が多いはずだった。それだけに様々な人間と付き合っているはずで、個性的なダイバーに振り回される事も多いのではないだろうかとアユムは思う。しかし、当人はそれを然程気にしていない様子だった。
 
[next][back]

[RD2ndS top] [RD top] [SITE top]