この日の蒼井ミナモの授業は半日で終了していた。 人工島中学校の3年生の2学期ともなると、カリキュラムが各人に特化してゆく。全員が顔を合わせて行う授業の時間数が減っているのだ。そのために帰宅の時間も生徒によって違っている。 今日はミナモは友人達と共に帰宅出来ていない。しかし彼女はそれを由としていた。彼女らとミナモの進路は違っている。進むべき道が徐々に分かたれて行っているのだ。ミナモはそれを認めていた。 今日は寄り道をする事無く、帰宅していた。独りでアンティーク・ガルに向かうのも何処か寂しいものがある。それに今日の彼女には、学校が終わってからも予定が存在していた。 自宅に帰り自分の部屋に戻ると、彼女はまず制服から私服へと着替える。そしてその上からエプロンを羽織り、キッチンへと向かった。 カウンターキッチンの上に鎮座している炊飯器は、その頃には丁度白い蒸気を上げている。ミナモが今朝、学校に向かう時にタイマーをセットしておいたのだ。それが無事起動して、炊飯を行っている所となる。ミナモはその様子を一瞥し、軽く指差して確認した。 そして彼女は振り返る。そこに位置するキッチンの流しの上に置かれている金属製のバットの中にタレに漬け込んだ鶏肉が収まっている。彼女は棚から片栗粉を取り出し、また別のバットにそれを敷いた。 その最中には、キッチンの一部に置かれているIH調理器に浅い鍋を掛け、そこに油を注ぎ入れた。そうやって彼女は仕込んでいた唐揚げを完成させるべく、行動を開始していた。 その他にも適当な料理を仕上げ、野菜の付け合わせも準備してゆく。そしてカウンターキッチンの上には弁当箱をふたつ並べ、そこに料理を詰め込んで行った。 かくしてミナモが帰宅して1時間以内には、それらの弁当ふたつが完成していた。彼女はそれを一瞥し、エプロンを解く。とりあえずと言った感で椅子にそれを掛け、自らの部屋に戻った。 どたばたとした印象で彼女は部屋に走ってゆく。髪が大きくなびき、頭を飾るリボンが揺れた。ミナモはベッドサイドに置いてあった自らの手提げ鞄を手に取る。その中に目立って見えるのは、携帯端末だった。 ミナモはそこにある姿見に軽く視線をやる。しかし今日はそれだけだった。特にリボンをいじるような事はしない。 ふと、ベッドサイドに置いてある小物類に目が行った。林檎の置物に相変わらず引っ掛けた状態になっている鋭角レンズのサングラスをひょいと取り上げた。ミナモは姿見に向かい合い、顔の前にそのサングラスを持ってくる。 しかし、掛けるまでもなく、それを下ろしていた。――やっぱり今日の服にも合わないや。彼女はそんな事を思う。 興味を失ったように、ミナモはそのサングラスを林檎の置物に戻した。そして手提げ袋を両手に持ち、部屋を出てゆく。元気の良い足音を階段に響かせていった。 そして彼女はキッチンに戻った。暫く放置された事で程好く冷めたふたつの弁当の蓋を閉め、マットでそれぞれに包む。きちんと蝶々結びを作り出し、少女は満足げに微笑んで頷く。 ミナモは、それらをまた別の手提げ袋に収める。ふたつの手提げ袋を手にした状態で、彼女は小走りにキッチンを後にした。相変わらず誰に訊かせるともなく、元気な挨拶を屋内に残し、外出してゆく。 |