「――1ヶ月振りか?今日はどうしたんだよ」
 アユムはミナモに話し掛けつつ、リラクゼーションルームを進んでゆく。出入りが激しい場所に何時までも立ち止まって話し込んでいては邪魔になってしまうからだ。アユムはがさつと言っても差し支えがない人間ではあったが、普段から自分が利用している施設である。そう言う場所ならば、弁えるべき部分がある事を知っていた。
 ミナモも彼らに付き合う。並んで歩いて行った。手提げ袋を両手に持つと、膝の辺りで揺れて中身がぶつかる。
「父と兄に差し入れを持って行ったんです」
「へえ。感心だね」
 ユージンが言葉の通りの感情を込めてその台詞を言った。
「――あの」
 そんな和やかな雰囲気の中、胸に手を当てて勢い込んでミナモは何かを言い掛ける。明らかにこの空気を乱そうとしていた。
 その勢いを何事かと感じつつも、ユージンは促す。
「…何?」
「波留さん、一緒じゃないんですか!?」
 そのミナモの声は若干裏返っていた。彼女としては、求める人物はメタルダイバーなのだから、この同僚達と一緒に居るだろうと思っていたのだ。しかしその姿は見えない。では、一体何処に居るのだろう――?彼女の思考はそんな問い掛けに至っていた。
 それ自体は何らおかしい思考展開ではないのだが、今この場所で探し回っていた結果、彼女の中でその人物の存在は大きなものとなってその心を占めていた。だから彼が見付からない事に我知らぬうちに動揺し、それが言動に現れたのだ。
「…はい?」
 ミナモに迫られたユージンは、そんな声を上げる。
 少女とユージンの背の高さの差は30センチにもなる。だから勢いがついたミナモは、まるで胸に突っ込んでくるような印象を受けた。それに若干腰が引ける。
 一方のアユムはミナモの台詞を普通に受け止めていた。行き着いたベンチにどかっと腰を下ろし、背もたれに両腕を広げて乗せる。ミナモが座るべきスペースを空けつつ、彼女を見上げて言った。
「波留さんなら相変わらず店で留守番だぜ。あの人はここまで差し入れに来てくれねえもんなーそりゃ、俺達が電理研に出向く時には旨い弁当持たせてはくれるけど」
 彼のその台詞にミナモはきょとんとした。今までの勢いが削がれ、短い声を上げる。
「…え?」
「ん?」
 その声にアユムも顔を上げた。まだ隣に座ってこないミナモを見る。その視線を受け止めつつも、ミナモは戸惑うように質問を投げ掛けた。
「えっと…波留さんって、今日はお休みですか?」
「え?」
 それに声を上げたのは彼女の隣に居るユージンだった。…一体この子は何を言い出すのだろう。人の良いこの弟の頭には、そんな台詞が浮かんでゆく。
 しかし兄の方は特に何の疑問も抱いていないらしい。彼が座るスペースの隣を掌でぺしぺしと叩きつつ、答えた。
「休みっちゃーそうだと思うけど…――うん、今日も店に予約も入ってないみたいだしな。本当に9月入ったら暇になっちまったなー」
 言いつつアユムは、メタルに接続してドリームブラザーズの予約リストを閲覧していた。そこからそんな回答を導き出している。
 本来ならば安息義務中のメタル使用は好ましい事ではないが、仕事中毒の職員のように電理研業務メタルに接続する訳ではないのだからお目こぼしして貰う事とする。大体、アイランドのように電脳障壁が立てられてもいないのだ。その是非はともかくとして、このような個人的な使用は許されるはずだった。
「お店に予約?」
 ミナモはアユムの口から出た言葉を取り上げ、ますます不思議そうな声を上げる。――この人、一体何を言ってるんだろう。何だか話が食い違ってないかなあ?そんな疑問が彼女の脳に徐々に沸き上がってゆく。
 だから、ミナモは思い切ってその辺りを言葉に出してみた。目の前に座っているアユムを覗き込み、訊いた。
「あの、波留さんって、メタルダイバーやってるんですよね?」
「………はあ?」
「え?」
 アユムとミナモは、ふたりで向かい合ってそれぞれの頭上にはてなマークを量産している。それを頭上から見下ろす、ひとり図体が大きいユージンはようやく納得したような表情を見せた。
「あれ…――まさかお嬢ちゃん、そこから事情知らないの?」
「はい?」
 ユージンを精一杯に見上げるミナモの手元で、手提げ袋が所在無げに揺れていた。
 
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