ミナモはこの9月4日の時点でようやく、あの7月末のアイランドで別れて以来の波留の情報を得た事になる。ドリームブラザーズを経営するフジワラ兄弟から波留の消息の詳細を訊いたミナモは、まずこんな事を言い出していた。
「――じゃあ、波留さん、私と同じ状態になっちゃったんですか?もうメタルダイバー出来ないんですか?」
「ま、そう言うこったな」
 隣に座ったミナモに対し、アユムは片手を振ってそう答えた。彼は自身が見てきたこの1ヶ月の波留について、ミナモに語っていた。人工島に戻ってきた段階で未電脳化状態に陥っていた事、それにより電理研委託ダイバーへの道は閉ざされた事、しかし再電脳化は可能なのにそれをしなかった事――そして、大した紆余曲折もなく、ドリームブラザーズの居候店員として有能さを発揮しているとも。
「波留さん、それでいいのかなあ…」
 頬に手を当ててそんな事を言っていたミナモだったが、ふと気付いたように膝の上の手提げ袋を見た。軽く手で包み込むように抱えた後に、紐を掴む。持ち上げてアユムに差し出した。
「あ、これ。差し上げます」
「何だよ。開けていいか?」
 受け取ったアユムは興味深そうな視線を落とす。そしてミナモにそう訊いた。
「はい」
 笑顔で頷く彼女を認め、アユムは手提げ袋を開いた。そこに収まる四角い包みを見つけ、取り上げる。その包みを解いてゆく様をミナモは笑顔ながらも若干どきどきしながら見ていた。
「――何だよ、弁当じゃんか」
 兄のその声に、弟が覗き込んでくる。大きな彼の身体がそこに影を落とす。
 確かにアユムの膝の上には弁当が広げられており、その中にはご飯の他に様々なおかずが詰められていた。色々と振り回された結果、若干中身が乱れてはいたが、それでも詰めた段階でおかずなどの間に隙間があまりなかったために構成や位置自体は外れてはいなかった。
「へえ、色々入ってて綺麗だね」
 ユージンはその様子に感心した声を上げていた。彼はその脳内で波留が作ってくれる弁当と比較する。
 年齢の差でもあり料理をしてきた年月の差でもあり、やはりと言うべきか、波留の方が様々な意味で上手であるような印象だったが、ミナモのこの弁当も充分及第点であるように思われた。――もっとも現状は外見上しか見ていない訳で、味の方は食べてみないと判らない。しかし微かに鼻に届く匂いは上々で、食欲を刺激されそうになった。
 そこに、アユムの指が伸びる。詰められていた鶏の唐揚げをひょいと摘み上げた。そのまま口に運び、もぐもぐと食べてゆく。
「…旨いじゃん」
「ありがとうございます!」
 アユムの反応を前に、ミナモの顔に心底安心したかのような笑顔が広がった。胸に手を当て撫で下ろす素振りを見せる。ほっと溜息をついた。
 そんな彼女の表情の変化を、アユムはしっかりと見ていた。脂でべとつく指を舐め、ミナモを指差す。そして訊いた。
「――で、これ、波留さんにあげるつもりだったのか?」
「え、いや、その」
 しどろもどろになるミナモに、アユムはにやりと笑った。今度は玉子焼きを摘み上げ、口にする。
「ま、代わりでもいいさ。旨いしな」
 彼にとって、ミナモの態度は非常に判り易い代物だった。――つまりはこの子は、波留さんを探していたのだ。そのためにこんな弁当なんか作ってきたのだ。まだメタルダイバーを続けていると信じていたからこそ、ここで会えると思っていたのだ。
 それはとても真っ直ぐな心持ちだとは、彼も思う。しかし、そんなに会いたいのならどうして今まで連絡を取ろうとはしなかったのだろう。互いにアドレスを知らないのだろうか――そんな事をアユムが思っていた時だった。
「お嬢ちゃん、うちの店に行けば波留さんと会えるよ。僕達の事は気にしないで、好きにしていいから」
 ユージンがにこにこと笑顔を浮かべ、ミナモにそう話を持ちかけていた。この弟は弟で、兄同様にミナモの態度を判り易く読み取っていたらしい。だからミナモの気持ちに対してある程度の手助けをしてやろうと思ったのだ。
「え、そんな」
 それはミナモにとっては予想外の台詞であり、思わず恐縮の態度を見せてしまう。両手を胸の前に出し、掌を広げて拒否めいた仕草を行っていた。その頬は若干紅い。そんな態度がますますこの兄弟を微笑ましい気分にさせる。
 そしてこう言う所には、アユムも弟の抜け目のなさを感じる。その話の展開に、この兄も乗る事にした。弟共々白い歯を見せて笑い、指を鳴らした。
「…そうだな。こんなに旨そうな料理作れるんだから、波留さんには実地で作ってやんなよ。きっと喜ぶぜー」
「日曜は予約入ってて波留さんも忙しいだろうから、平日に行ってあげてよ。何だったら僕らがメールしておこうか?」
「つーか、波留さんのアドレス教えとこうか?」
 今度は兄弟が勢い良く矢継ぎ早に言葉を繋げ、ミナモを引かせる番だった。彼らの勢いにしばし押されていたが、そのうちに思考を取り戻す。
「…いえ、いいです。私も約束して貰った日に必ず行けるとも限らないし」
 困ったような笑みを浮かべて言ったそれは遠慮でもあったが、事実でもあった。
 ミナモは実は結構忙しい人間だった。学校は2学期が始まり学業に励む中、暇を見付けて父や兄への差し入れも準備している。更には彼女は来春には中学を卒業し、その先の進路を目指す事になる。現在の人工島の教育には実地教習が多く、介助士志望であるミナモは残り少ない中学生活をその実習を中心として過ごす事になりそうだった。
 そうなると外出している日も多くなりそうで、必然的に今までのように自由に動ける日も少なくなるだろう。
「いいねいいねーサプライズイベント!波留さんびっくりするだろうなー」
 彼女としてはそう言うつもりではないのだが、アユムはミナモの態度をそう解釈していた。腕を組みにやにや笑いながら大きく頷いている。兄程露骨ではないが、弟も似たような態度を取っている。
 彼らとしては波留には幸せになって欲しいし、それにはこの少女の存在が大きく寄与するだろうと思っていた。更に言うならば、波留はいずれこの人工島から居なくなるだろう。その前に、ミナモの願いを叶えてやりたかった――それが、別れを前提とした再会になるにせよ。
 
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