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1ヶ月も家事を切り盛りしてゆくと、余程要領が悪い人間でなければ自分なりの手順を見出して慣れてくるものである。 この日、ミナモは1日の授業を終えて帰宅してから私服に着替え、早々に父と兄への差し入れの準備を終了していた。着替えの類は前日のうちにきちんと折り畳んで用意していたし、弁当に詰める料理も今朝、自分の昼の弁当を作る際に下ごしらえを終わらせていた。 そして帰宅した今、それらに火を通して調理したり、タイマーをセットしておいて丁度いい時間に起動していた炊飯器からご飯をよそったりすれば良い話だった。だから終日授業であったこの日であっても、夕陽が水平線に掛かろうとする前に自宅を出発しようとしている。 ふたり分の着替えを大きな紙袋に綺麗に詰め込み、まだ暖かい弁当箱をそれぞれに包んで重ねて別の手提げ袋に入れる。ふたつの弁当を手提げ袋に入れた後、ミナモはダイニングテーブルを見た。そこにはまた別の弁当が、まだ蓋をされないまま置かれている。 それはごく普通の、変哲もない内容の弁当である。その内容も他のふたつと変更してはいなかった。彼女なりに作り慣れて自信がある弁当用の料理で構成されている。 だと言うのに彼女は他のふたつと違い、それを何処となく不安そうな表情を浮かべ、その全体を眺めた。栄養のバランスは大丈夫かとか、彩りは綺麗だろうかとか、量はこれで丁度良いだろうかなどと、少女は頭の中でチェックポイントを想定してそれに確実にレ点をつけてゆく。 彼女の脳内に表示されているチェックシートが埋まった時、大きく頷いた。両手に拳を作り、気合を入れるように顔を大きく振る。 そして丁寧に、弁当に蓋を被せた。きっちりと押さえつけ、外れないようにする。それからきちんと洗濯された、汚れの痕もない包み布を敷き、綺麗に包んで結んで行った。 丁寧な作業を終えたミナモは、満足そうに頷いた。口の中で軽く声を上げつつ、新たな手提げ袋を準備した。ふたつの弁当箱が納まっている袋と較べると幾分小さいもので、そこに新たな弁当を丁寧にしまい込んだ。それは弁当ひとつ分のサイズとして丁度良い代物で、詰めた当のミナモもその事実に満足げに微笑む。 差し入れするにあたっての全ての作業を終え、ミナモは身につけていたエプロンの紐を解き、椅子の背に無造作に掛けた。小走りに階段へ向かい、自らの部屋に急ぐ。 彼女は既に外出するための私服に着替えた状態でキッチンに立っていた。しかしまた自室の姿見の前に立ち、その衣服をきちんと整えてゆく。実を言うとこれは普段の差し入れの時にはやらない作業なのだが、今日は奇妙に気合が入っている状況だった。 姿見に映る自分の顔を見ていると、リボンのバランスが気になるらしい。ミナモは屈み込んで鏡面に自らの顔を大写しにしつつ、後頭部にあるピンクのリボンに触れて微調整を行う。額に掛かる前髪もいじったり、耳元の髪を後ろに流してみたりもしていた。 ふと、彼女は鏡に映る背後のものに視線が行った。思わず振り向き、実像を見る。 そこは彼女のベッドサイドであり、様々な小物類が置かれていた。その中に置かれた、様々な写真立てが目立った。 まるで彼女の歴史がそこに描かれているようである。子供時代に撮影した祖母との写真や現在の家族写真、オーストラリア時代の友人達との写真、そして現在のユキノとサヤカとの写真。そして――。 写真を順番に眺めていたミナモの表情が、最後に柔らかいものとなっていた。そこには、写真立て以外にも小さな鉢植えや林檎の置物などが置いてある。 彼女はそこに手を伸ばす。その林檎の置物に引っ掛けるように置かれていたサングラスを摘み上げた。 青を基調としたレンズの色を持ち、少女が持つには少々鋭角的なデザインであるそのサングラスの蔓を、ミナモは耳元に差し込む。額に掛けるようにして、そのサングラスを身につけた。耳元のサングラスに両手を掛けた姿勢で、姿見に自らのその姿を映し出す。 しかし、すぐに彼女の顔に苦笑が浮かんだ。照れたようなおかしいような、そんな笑顔をする。どうやら今の自分の格好にはそぐわないと思ったらしい。ミナモはサングラスを取り上げ、そのまま林檎の置物に戻した。 そして自らの部屋に置かれているデジタル時計を見て、彼女ははっとした表情を浮かべる。早くしないと待ち合わせの時間に間に合わないと思った。 慌ててミナモは階段を駆け下りる。キッチンの荷物を掻っ攫うように手にし、どたばたと自宅を後にしていた。誰に訊かせるともなく、出かける挨拶を元気な声にして残しつつ。 |