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「――…お求めになっている海洋データが掲載されている書籍は、この図書館には存在しませんね」 「やはりそうですか」 メタルに接続して1分程度経過した後、リアルに意識を戻した司書の回答に、波留は頷いていた。 「この図書館には紙媒体の書籍が入ってくるもので…紙媒体と言うと、大抵古い書籍ばかりになりますからね。ここ最近の新しいデータとなると、必然的に電子化されたものばかりとなってしまいます」 納得出来る説明ではあった。人工島外から送られてくるデータならまだ紙媒体の書籍としての体裁で入荷する事もあるだろう。しかし波留が求めているのは、人工島近海の海洋データである。それを観測するのは人工島の企業であり、閲覧するのも人工島の住民だろう。そんな状況では、わざわざ書籍化するメリットは少なかった。 しかし、そうなると波留としては、次は電子化されている図書館に出向かなくてはならなくなる。そこではペーパーインターフェイスに書籍データを閲覧専用としてダウンロードして読む事となり、閲覧する立場としては面倒な話だった。しかし選り好みはしていられないのかもしれない。 が、別の問題も考えられた。そうなると、何処に出向こうが同じ話だった。 「それに、今年に入ってからの海洋データとなると、一般公開はされていないのではないでしょうか」 「…そうでしょうか」 そこに付け加えられた司書の台詞に、波留は静かにそんな言葉を漏らした。それは質問のようでいて、事実の確認のようでもあった。その可能性を波留も考えていたからだ。 「人工島の運営に関わる問題になりますから…海洋調査を行う電理研が保持しているのではないかと」 質問されたと思ったのか、司書は言葉を続けていた。それに波留は頬に手を当てた。考え込むような素振りを見せる。 それもまた、彼には納得出来る話だった。あまりに最近のデータとなると、それに対する研究を現在進行形で行っている段階だと思われたからだ。 いくら民主主義の社会では情報公開が重要とは言え、そのデータだけを市井に放流しても、そこに表された数値のみが独り歩きしてしまってあまり良い事はない。知識のない人間が誤解したまま報道に乗せる事すらあるだろう。専門家の精査とレポートを付加して一般公開してこその知識の一般化と言えた。 今年に入ってからのデータでは、まだその段階に至ってはいないだろうと、波留にも想像はついた。それは一般常識として考えてみても判る事であったし、波留は元々は海洋学者だった。彼の時代は50年前だが、研究の手順は年月を経てもそれ程変化するものでもない。彼の中に生きる研究職としての常識と照らし合わせてみて、納得出来る話だった。 「――もしあなたが海洋学者だったりそう言った事を専門とした学生さんなら、電理研に正式に申請すればデータを閲覧させて貰えると思いますよ?」 その申し出は、正確にはこの図書館の司書としての業務ではない。しかしこの図書館に存在しないデータへのアクセス方法などの斡旋を行うに越した事はなく、彼女はそう言った勧めをする事としている。 それに海洋データに限らず、例えばメタル全般や科学技術など、電理研が集約し統括するデータの分野は多岐に渡っている。だから彼女はまず電理研への申請を教える事としていた。 そして電理研は確かに一企業ではあるが、人工島においてはほぼ公的機関であるとも言える。そのために余程の理由がない限り、人工島住民からのリクエストには応えるものだった。研究職や学生でその分野の調査を行いたい人間ならば、身元を明らかにしての申請を行えば十中八九許可されるだろう。 司書は波留を見上げ、手元で作業を行う。そこにあるコンソールを用いてメタルを検索していた。 「御希望ならば、この件に対する電理研の担当部署をお教えしますが」 その台詞に、波留は顔を上げた。頬に当てる手を離す。 「…いえ、結構です。そう言った事は自分でやろうと思います」 僅かに微笑を浮かべ、彼は司書にそう告げていた。 |