|
「――部長代理」 不意に彼らの背後から声がした。思わず一斉に全員が、首をそちらの方向に向けていた。 そこにはオペレーションルームの外へと繋がる自動ドアがあり、その手前に秘書用のタイプ・ホロンが立っている。しかしその姿は他のタイプ・ホロンとは若干の違いがある。制服こそ同じ物を着用しているが、髪型は黒髪をひとつに纏め上げている状態で、掛けている眼鏡も通常タイプとは異なっていた。 「次の御予定のお時間です」 「…ああ、ホロン。判った」 ソウタは頷きつつ短くそう答えた。松葉杖を突き、ホロンの方へと身体を向けた。手にしていたペーパー型モニタを軽く折り畳み、白衣の胸ポケットに入れる。 そしてふたりを見ている兄弟に対して軽く手を振り、微笑んで言った。 「――波留さんが唐津に旅立つ頃には、食事でも御一緒したいものです。予定は空けますから、そうお伝えしておいて頂けますか?」 その日が来れば、もう二度と会えなくなるだろう。彼が人工島に戻ってくる事もないだろう。 それでもソウタは、波留を笑顔で送り出そうと思った。4ヶ月間の付き合いだったが、それはとても深いものだった。だから波留には本当に幸せになって欲しいと思っていた。 「ああ。そう言う時期になったようだったら、それとなく話振っておいてやるよ」 アユムもソウタに応じるように右手を挙げて答えた。ユージンも軽く会釈する。彼らもソウタ同様に、波留の第2の人生を祝福するつもりだった。 確かに今、波留は彼らの家に居るしそれにより店舗業務も日常生活も非常に助かっている。しかしそれに何時までも頼る訳にはいかない。次のステップへ進むための準備期間として自分達の元に居候しているのならば、早く旅立つべきだと思っていた。 ・ ・ そしてふたりはソウタと改めて挨拶を交わし、オペレーションルームから出て行った。 電理研の中枢にあたる部屋から出てきた兄弟は、天井が高く灯りがあちこちに点けられている広い通路を歩いてゆく。流石にそう言った部屋に通じる道だけあり、通行人の姿は見られない。「人」が来るにしても、それは大抵の場合制服を着たアンドロイド達だろう。オペレーションルームとは、並大抵の人間では入室許可など下りない場所だった。 そこを歩いている最中、突然アユムが足を止めた。頭に両手をやり、髪を掻き毟る。 「――あー、俺も彼女欲しいっつーの!」 「いきなり何なんだよ、兄さん…」 若干引き気味にユージンが言う。彼は数歩前に行った場所で足を止め、身悶えている兄を呆れた顔をして見ていた。 「しかし俺の周りの男はどいつもこいつも、もてるくせに変な部分があるよな!」 兄にそんな同意を求められても、弟としては正直困っていた。どう答えろと言うのか。 「それこそハナマチにでも行けば?色々と疑似体験出来るって話だよ」 結局ユージンはうんざりした表情と口調とで、兄にそう告げていた。すると速攻で答えが返ってくる。 「んな事しても、その夢から醒めた時が一番空しいんじゃねーか」 「判っていてもその夢を楽しむのが風俗ってもんでしょ?」 「通った事もないくせに、知った風な事を言うな!」 そんな風に弟は兄に食って掛かられた。確かに自分にはハナマチ通いの経験はなく、兄の通りではある。が、しかし、どう考えてもオペレーションルームへ行き来出来るようなお堅い場所でやるような会話ではないと、ユージンは馬鹿馬鹿しく思った。 だからもう話を打ち切った。数歩先行した場所に立っていたが、そのまま前に向かって歩みを進める事とした。若干の大股になっていたのは、内心色々と思う所があったからだろう。 慌てて兄もその弟を追う。大柄な弟が大股で歩くと、小柄な兄は追うのに少々骨が折れる。数歩のブランクもあり、小走りに大きな背中を追いかけた。 「――部長代理もなあ。もっといい女と付き合えるだろうになあ…」 ぼやくような声で、ユージンに対する兄の言葉は続いていた。声がする方は背後から隣に変化してゆく。アユムがユージンに追い付き、隣に並んだのだ。その言葉にユージンも答える。 「恋愛なんて人それぞれだよ」 この兄弟にとっては、あのタイプ・ホロンは統括部長代理専属の秘書アンドロイドとして個別認識出来ていた。しかしそれだけに終わっていない。 あの青年が部長代理の任に就く以前から、あのタイプ・ホロンとは波留の事務所を通して付き合いがあった。それは間接的な付き合いであり顔を突き合わせて話し込むような事などなかったが、それでもその付き合いの中、ある種の結論を出すには充分過ぎる事実の積み重ねが存在してゆく。 「アンドロイドを彼女にするなんて、人として終わってないか?結局はダッチワイフみたいなもんじゃないか」 首を捻りながらも兄の口から発せられた露骨な単語に、ユージンは僅かに顔を赤らめた。兄から顔を逸らす。しかし、この発言の内容は一般常識として通用するようなものだった。 結局は人間の思うがままに設定を変更出来るアンドロイドと恋愛関係に至るなど、擬似恋愛以外の何だと言うのか。それこそハナマチの風俗店ではあるまいに――アンドロイドが社会に有り触れており人間と接している現代の人工島だが、一般認識ではそんな感じだった。言ってしまえば、人形愛好家と大して扱いは変わらない。 しかし、ユージンは歩みを進めながら、呟くように言った。 「…そんなに単純な話じゃないと思うよ」 その台詞にアユムは再び食って掛かる。からかうような口調で、弟を指差しながら言う。 「何だ?お前は恋愛求道師出来る立場ってか?」 「そうじゃなくて、アイテムに関する知識からの類推」 「ああ?」 アユムは怪訝そうな声を上げた。彼には弟が言っている意味が全く判らない。 ユージンは歩きながらも兄の方を向く。自らの左手首を指差し、兄に示してみせていた。 |