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電理研の主要施設は、人工島の海底区画に存在している。そのために「外」の眺めは海そのものとなり、窓の外の風景から時刻を知る事は難しい。 重要施設のひとつであるオペレーションルームには、遥か高い吹き抜けに巨大なサーバがいくつか立ち並んでいる。そこから下りた部分には円陣を組むようにオペレーターの席が組まれており、その全てにメタルオペレーターに特化したタイプ・ホロンが座っていた。彼女らは一様に両手を端末にかざし、データを送受信している。輝くスクリーンの光を顔に受けつつも無表情で、淡々と与えられた仕事をこなしていた。 彼女らが着いている席がある場所が最下層であり、そこから一定の高さまでに階段状に段差が付けられている。オペレーションルームの出入り口がある段に、電理研の制服に白衣を羽織った黒髪の青年が立っていた。彼は右手に松葉杖を装着した状態になっている。それでもバランスを崩す事はなく、眼下に広がるオペレーター達の様子をじっと見ていた。 現在、海底区画においても時間帯を意識するならば、深夜である。電理研の業務に昼夜はなく、メタルも24時間監視体制にあった。休息を取る必要がないオペレーター職アンドロイドは定時のメンテナンス時以外は働き続けているし、それを統括する人間も休息時間以外には誰かしらが顔を出すようにしていた。今回のソウタもそれに当たる。 不意に、彼の背後の自動ドアが開く音がした。次いで、いくつかの足音が迫ってくる。 「――部長代理、資料持ってきたっすよ」 電理研統括部長代理の任に就いている蒼井ソウタは、自分を呼ぶその声に軽く振り向いた。そこにはフジワラ兄弟が立っていて、小柄な兄が彼に対してペーパー型モニタを差し出してきている。 「ありがとうございます」 真面目腐った表情を浮かべそう受け答えつつ、ソウタは軽く身体を横に向けた。右手の松葉杖に重心を移しつつ、左手を伸ばし、アユムに差し出す。アユムは笑い、部長代理の手にペーパー型モニタを委ねた。 ソウタは手にしたモニタを顔の前に持ってくる。掌での直接電通でそれを操作し、極薄のモニタが記録している情報を展開させて行った。 彼が目的としていたデータが表示される。それを一旦表示させた状態のまま、彼は視線を上げた。兄弟に対して合わせ、軽く目礼する。 「この1ヶ月間、お忙しくさせて本当に申し訳ありません」 若き統括部長代理のその言動に、アユムの隣に立つユージンが慌てた風に両手を胸の前に上げた。広げた掌を軽く振り、否定の意を表す。 「…いえ、仕事ですから。――でも、ダイブルームにも色んな人が増えましたよね」 「ええ…電理研外部のダイバーの協力も仰いでいますからね。多少やり辛い事もあるかもしれませんが、ここでの仕事に慣れない彼らには譲歩して頂けると幸いです」 「はい、判っています」 恐縮している部長代理に遠慮し、代わって世間話を振りそれに応えられたユージンは笑顔で頷いていた。 「電理研TOP3」を自称していた兄程ではないが、この弟にも自分のメタルダイバーとしての腕前にはそれなりの自負があった。そう言う立場なのだから、後輩とも言える新人ダイバー達の事は出来る限り気に掛けてやろうと思っている。 今までは電理研系のダイバーのみで業務を行ってきていた。しかし現状は、そんな電理研所属や委託のダイバーだけで切り盛り出来る仕事量ではなくなってしまっているのだ。それもまた、7月末のメタル再起動によって変化した状況だった。 無論、様々な事情から電理研から離脱していったメタルダイバーも少なからず居る事も大きい。そしてその彼らの周りには、その当事者が存在している。 アユムは両手を頭の後ろで組み、そんなふたりの様子を眺めていた。しかし、そのうちに口を開く。 「…あのさ、部長代理」 「何でしょう」 ユージンとの会話が途切れている今、ソウタはモニタから目を離さない。そこに提示された情報に見入っていた。 この部長代理の場合、相手は委託ダイバーとは言え明らかに役職はソウタの方が上ではあるが、そのアユムにタメ口で話されても一切気にはならなかった。それは彼が役職以外においては明らかに若輩者であるからで、更にはアユム達とは深い付き合いもこなして来ているからでもあった。 特にこの数ヶ月間、地球律と呼ばれる現象とそれに関連した事件において、共犯者と言ってしまって良い程に際どい仕事もこなして貰って来ていた。 ともかくその盟友のひとりは、ソウタに対してこんな事を言い始めた。 「開かずの倉庫に、どすこいってあるじゃんか」 唐突に出てきた訳の判らない名称に、ソウタは思わず顔を上げた。アユムの顔をまじまじと見てしまう。 一瞬、何を指しての発言なのか把握しかねた。しかし記憶を辿ってゆくと、その知識は彼の生脳にしっかりと残されていた。 「………未電脳者用ダイブギアの事でしょうか?」 「ああ、それそれ」 若干の沈黙の後に答えたソウタの台詞に、アユムは明るく頷いていた。この、ある種のいい加減な部分を持ち合わせている人物は、その機材の正式名称を知らなかった。 この電理研の施設は、人工島と共に歴史を刻んでいる。自然な風景になるように構築された地上部分はさておき、海に覆い隠された格好になっている海底区画においては増設に増設を重ね、建築物としても巨大企業の肩書きに恥じない状況になっていた。 となれば、技術の進歩に置いて行かれたりして、自然と使用されなくなる区画も存在してくる。通称「開かずの倉庫」とはその中に含まれる存在であり、大仰に「電理研七不思議のひとつ」と数えられているがその実態は単なる死蔵品倉庫だった。 そして通称「どすこい」とは、ソウタが言う正式名称「未電脳者用ダイブギア」の事である。その名の通り電脳化していない人間をメタルダイブさせるための装備であり、かなり旧式の深海服を模した構造になっていた。その奇妙な通称は、その無骨な印象からつけられている。 「それが、どうかしましたか?」 ソウタは怪訝そうに尋ねていた。彼は彼で、どうして今この名称が話題に出てくるのか判らなかった。 彼の脳内には前述の知識はあった。それは彼がメタルに対してある程度の知識を持っているだけではなく、実際にそのダイブギアを使用する場面に遭遇した経験があるからである。その際は未電脳者である彼の妹が装着者となったものだが、だからと言って今ここで何故その記憶を呼び起こされなければならないのか。 アユムは苦笑を浮かべている。後頭部に回した両手が、伸び上がっている髪を掻いた。 「いや…アレ使ってもさ、波留さんならかなりいい線行けるんじゃないかと、思っただけさ」 彼のその台詞に、ソウタは呆気に取られたような表情になった。半ば口を開いたままアユムを見てしまう。 そこに慌てた風にユージンが割り込んでくる。アユムの首を腕でがしりとロックし、ソウタから引き離すかのように横に引き摺った。 「いや、蒼井さん。無理ですよねーそんなの。いくら波留さんだって」 苦笑を浮かべた顔でユージンは、ソウタに取り繕うようにそう告げる。その彼の腕の中で、兄がじたばたと腕を振り回していた。しかしその表情は笑っており、苦しい訳ではないらしい。 「判んねーぞ?どすこいって頑丈さだけは凄いって話だから、安全性さえ確保してれば、波留さんなら結構な深層まで潜っちまうかもって気がするぜ?そんでもってジャンクデータのサルベージもやってくれたりさー」 客観的に見るとじゃれ合っている兄弟を目の前にして、ソウタは少しだけ口許を綻ばせた。ペーパー型モニタを胸の前に降ろす。 「…そうかもしれませんね」 ソウタは微笑んでそうは答えたものの、勿論本気で言っている訳ではない。 確かに未電脳者用のダイブギアである以上、通常メタルダイブなどやる訳がない人間を保護しなければならないのである。そうなると安全性に著しく特化したダイブギアになるのは必然であり、ダイブにおける機動性や利便性は殆ど失われる。 しかし、それらを充分に補う事が出来る技量の持ち主が、ダイブギアを装着したとすれば?――彼らにとって、波留とはそれだけのレベルのメタルダイバーだった。だから、そう言う埒もない空想を共有出来るのだ。 だが、それはあくまでも空想だった。いくらそう言うレベルのダイバーであっても、現実で成し得るものではない。ソウタはそう思っていた。 青年の僅かな笑顔を視界に捉え、アユムは相好を崩した。首に掛かっている弟の逞しい腕に手を掛けつつ思いっ切り反動をつけて前のめりになる。格好つけたような素振りでソウタに向けて右腕を突き出し、親指を立ててみせた。 「だろ?」 「もう兄さん。調子に乗らないの」 呆れた風の溜息をつきつつ、ユージンが再び兄をヘッドロックする。じたばたと騒ぐ兄をソウタの前から引き離してゆく。 そんなふたりの様子をソウタは少し微笑んで見ていた。何時でも仲が良くていい兄弟だと思う――10歳近く年下にそんな事を思われても果たして嬉しいのかは謎だとは判ってはいるが。 |