――…今更の説明となりますが、人工島とは日本とASEAN諸国が設けた経済特区です。メタリアル・ネットワークを基幹として構築された社会構造を特徴とし、また環境に配慮した循環型社会の実験場でもあります。この番組を御覧になっている方の中にも、人工島の株主となられていたり投資なさっている方もおられるのではないでしょうか?
 更にはこの島ではメタルが何処でも自由に接続出来る環境となっています。未電脳化者はペーパーインターフェイスを介し、電脳化している者はそれこそ脳で接続コマンドを試行するだけでいいのです。
 現在の住民は5万人。20年前、2041年から一般人の入植が開始されているとは言えその基準は厳しく、主に電理研を始めとした人工島運営機関の関係者とその家族、学生などが滞在しています。
 科学技術の粋を凝らして構築されている人工島は、楽園と呼ばれていました。それは、この島に住む事が出来ない殆どの人間達からの羨望もあった事でしょう。入植や滞在の基準が厳しい以上、犯罪も少ないのですから。
 しかしその神話が崩れたのは、今年の7月でした。
 華やかなる人工島入植20周年式典が執り行われる直前の7月16日、電理研統括部長である久島永一朗氏を狙ったテロが勃発。全身義体である久島部長は、その義体から脳核を引き出されて拉致されると言う事態に陥ったのです。
 彼の脳核は犯人から奪還されたものの、時既に遅し。脳核の接続が義体から外れて時間が経過し過ぎたため、彼の意識はメタルに流れ出してしまっていました。現在は「意識乖離によるブレインダウン症例」との診断が出され療養状態にありますが、その後メタルが初期化してしまった以上、彼の意識が脳核に復帰する事は絶望視されています。
 その最中の出来事として、評議会書記長であるエリカ・パトリシア・タカナミ氏が評議会議決によりその権限を凍結されると言う事件もありました。これはある株主の情報を個人に漏洩した疑惑に拠るものです。結果的にそれは後の騒動に紛れてうやむやとなったまま、彼女の権限凍結は解除されます。
 人工島の支配者が相次いでテロと不祥事に見舞われましたが、21日の記念式典は強行され、気象分子プラントは稼動しました。
 その1週間のうちに大気に乗った気象分子は世界中に散布され、その効果を発揮して各地に雨をもたらしたのですが…その後の経過は皆様も御存知の事でしょう。
 29日に地球全体を襲った未曾有の事態と、それから逃れるための気象分子の完全なる分解を促すための、メタルと電力の全世界での停止。24時間の完全停止は、我々の社会に大きな損害を与えました。
 そしてそれは人工島においては甚大な損害となったのです。新たな産業となる事を期待された気象分子計画は頓挫し、しかも全世界に莫大な被害をもたらした。人工島の株価は一時下落し、信用も地に堕ちたかと思われました。
 ――さて、ここで改めて人工島の権力構造についてお話ししましょう。
 人工島は民主主義を標榜してはいますが、実質的には3つの団体によって支配されています。その3団体はお互いを監視し合い牽制する事により、微妙な力関係を形成していました。
 ひとつは電理研こと電子産業理化学研究所。元は日本の独立行政法人であり、人工島の建設に計画立案時点から大きく関与してきた企業です。現在ではメタリアル・ネットワークの運営やその他人工島における科学技術の開発と普及を担っています。メタルにおける事件の調査なども行うため、彼らに匹敵する調査機関は世界の何処にも存在しないとも言われています。
 電理研の実質的トップの役職は、統括部長です。この席に着いているのが、久島永一朗氏となっています。しかし現在の彼はブレインダウン症例で病床に臥しており、とても部長職を務める事が出来る状態ではありません。そのために彼が倒れて以来、評議会と他の電理研幹部からの指名により、蒼井ソウタ氏が統括部長代理となりました。この人事についてはまた後程。
 ふたつめの機関は、評議会。彼らは日本を始めとしたアジア各国から任命された評議員から構成され、人工島の政治や運営の方向性などを決定する機関です。電理研が技術的に人工島を支えているにせよ、評議会の認可なしでは動けない部分も多いのです。
 評議会のトップは書記長です。この席に着いているのがエリカ・パトリシア・タカナミ氏。人工島入植開始の20年前に選出された初代人工島プリンセスであり、現在リリースされているアンドロイド「タイプ・ホロン」の容貌上のモデルでもあります。政治を志した後、4年前の書記長選に勝利し現在の任に就いています。彼女は歴代書記長の中では5代目に当たります。
 そして最後、3つ目の機関は、諮問委員会。彼らは人工島に投資している株主達で構成されています。人工島とは厳密には国家ではなく、彼ら株主に利益を再配分するための経済特区です。そのために大株主の発言力は非常に大きいものとなります。それを汲み上げて評議会や電理研に働き掛ける、一種の圧力団体です。
 諮問委員会のトップは、諮問委員長となります。この席に着いていたのは、ジェニー・円氏。しかし彼は気象分子協会の長も務めており、気象分子開発の第一人者でもありました。そして7月末の悲劇…。
 メタルと電力の24時間停止を終え、再起動した8月初頭。評議会は人工島内における大改革を打ち出しました。
 まず、気象分子が引き起こした被害について、誰かに責任を取らせなければなりません。そのターゲットとなったのが、気象分子協会でありその長である円氏でした。
 気象分子協会は解散され、技術者達の大半は電理研に吸収されました。
 そして円氏の人工島居住資格の剥奪。これにより氏は人工島に留まる事が出来ず、強制退去に近い処分となりました。更には氏の人工島での資産を剥奪。所有していた特許類も含めて評議会の管理下に置かれる事となりました。これにより発生する資産を、被害への賠償に充てる目的があるのでしょう。
 円氏に詰め腹を切らせた格好にはなってはいますが、刑事責任を問うてはいません。これは人工島建設当時からその開発に寄与していた氏の功績を考慮したのでしょう。現在も人工島内には氏の支持者が居るために、その影響も無視出来なかったのもあると思われます。
 氏は現在、故郷の中国大陸に帰ったと言われています。その後の消息は公表されていません。
 一方の電理研は、メタル再起動後のメンテナンスに追われています。絶対的に技術者もメタルダイバーも人数が不足しており、社外や島外からも起用されている現状です。
 その余りの多忙振りや、或いは久島氏の実質的な離脱による求心力低下もあり、若干の職員の退職や契約を更新しないダイバーの存在もあるようです。しかしその困難な状況が却って技術者魂を燃え上がらせるのか残留する者が大半で、当初憂慮された程の離脱でもないようです。この辺りは、愛社精神に溢れる日本人が多いのも一因なのでしょうか。
 尚、現在の統括部長代理である蒼井ソウタ氏は22歳と歳若いインターン出身の人物です。しかし久島部長の元では「統括部長付秘書」との肩書きで働いていました。おそらく上層部は「久島部長の弟子」と言う彼の属性を利用しようとしたのでしょう。その効果は現在においては未知数です。
 唯一動じていないのは、評議会です。タカナミ書記長はこれらの大改革を、先頭に立って行ってきました。久島氏と円氏と言う、長年の政敵にして盟友を失った格好の彼女ですが、それにより彼女に並び立つ人間は居なくなっています。
 唯一の懸念は、任期満了に伴う、来年初頭に予定された書記長選です。反タカナミ派の評議員や諮問委員達は、この7月以前においては書記長選にて久島氏を擁立すると噂されていました。しかし久島氏はテロに倒れてしまいました。この3ヶ月間に反タカナミ派は別の人間を擁立しようとするでしょうが、久島氏に代わりタカナミ書記長を相手取れる人材など人工島には存在しないでしょう。
 次の書記長選を乗り切れば、また4年の任期が彼女に与えられます。そうなれば、磐石の体制を築き上げる事が出来るでしょう…――
 
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