その経度上の位置からして、人工島では日が暮れるのが19時過ぎとなっている。
 そんな人工島であっても、船の甲板掃除を終えた頃には太陽は夕陽となりつつある時間帯で、それから波留は家に戻って自分用の独り分の食事を作った。料理の匂いに惹かれたのか、眠っていたはずのシュレディンガーが何時の間にかにキッチンに立つ波留の足元に擦り寄ってきて、その彼のために買い置きの猫缶を開けてやったりもした。
 ひとりの人間と一匹の猫の夕食が終わり、彼らが居間に落ち着いた頃には、外は夜闇に包まれていた。この店舗兼住居が存在するこの海洋公園は基本的に住宅区画ではない。観光地ではあるために商業区画に近い場所もあるが、このドリームブラザーズが存在するような臨海部には他の店舗は点在しているだけだった。
 そのために日が暮れると人通りも殆どなくなり、外からは静かな波音のみが微かに聴こえてくるだけとなる。そんな状況の中、波留はリビングのソファーに腰掛け、書類に目を通していた。
 その足元ではシュレディンガーが丸くなっている。丸めた背を波留の足に寄り添わせ、目を伏せて動かない。眠っている様子だが、時折耳がぴくぴくと動いていた。
 8月からこの家に居候する事になって以来、波留はこのリビングを寝室代わりにしていた。店舗が主体となった物件である以上プライベートに使用出来る部屋数が少なく、その全てはフジワラ兄弟が使用していたからである。
 その状況に兄弟は恐縮がっていたが、かと言って今更兄弟が一緒に部屋を使うと言うのも何かが違う話である。それは3人共通の感情だった。
 当事者の波留は特に困る事もなく、毎晩このソファーをベッド代わりにして眠っている。兄弟が不在の日が多いのでリビングを占領していても構う事もなく、昨日のように帰宅した日にも3人でリビングで語り合っていても気にならなかった。それが厭ならば、ホテル住まいにすればいいだけの話である。そして波留は気にしない人間だった。
 灯りをつけた室内で、波留は分厚い資料を捲っている。そこにはカラー画像がふんだんに使われ、海の蒼が目立って見えた。併記された文章は日本語で、波留はそれを静かに目で追っている。
 添付された画像は海の他には特殊な形状をした岸壁や海を往く遊覧船、砂浜に沿って植林された松林などが映し出されていた。そして中にはイルカが泳いでいるような海の画像もあった。
 そのリビングにはTVが置いてある。メタルが普及し人間の脳内でメディア番組などを視聴出来る環境ではあるが、何時でも電脳を用いて視聴していては脳が疲れてしまう。そのために、自宅などでは前時代のように別個にTVが設置されている家庭も多かった。
 資料を閲覧している状況ではあるが、波留はそのTVをつけていた。静かな夜を邪魔しない程度の音量で、ニュース番組を流している。
 それは人工島のメディアではなく、日本の番組を衛星回線で中継していた。日本人や日本をルーツとする人間が多い人工島では、その手のチャンネルを視聴出来るようにしている家庭も多い。人工島の公用語のひとつでもある日本語で番組が制作されている事もあり、日本人でなくとも視聴する島民も多かった。
 現在の日本の首都は九州の福岡となっている。波留は50年以上前には福岡や同じ九州の唐津に住んでいた身であり、そう言う意味では懐かしさもある。しかしその福岡は映像で見る限り、当時とはかなり様相が違ってしまっていた。それが如実に現れるのは建築物である。
 現在の波留はその画面を見ず、手元の資料に手を通している。TVで放映されている映像は、定時のニューススタジオからまた別の中継用スタジオに切り替わっていた。そこでは、テーブルに数名の人間が着いている。
 ――…今晩は、激動の2ヶ月間を経た人工島の今をレポートします。私達日本にとっては重要なビジネスパートナーである人工島。入植20周年を迎え、メタリアル・ネットワークを始めとした最先端技術と共に、彼らは一体何処に向かおうとしているのでしょうか?
 番組の進行役らしい女性アナウンサーが、話をそう切り出していた。
 
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