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――何変な事言ってんだよ兄さん。うち、ハナマチにあるような店じゃないんだよ? そんなアユムの脳に声が響く。電脳が電通を受信し、会話用ダイアログを表示していた。そこには弟の名と登録画像が映し出される。 カウンターからは席を外していたユージンだが、どうやら波留とアユムの会話をきちんと訊いていたらしい。兄に対し、そう言った呆れた雰囲気を含んだ電通を飛ばしてきていた。 ――だってよー。この人、天然の女たらしだぜ?自分がもててる事自体をまっっっっったく判ってないっぽいし。 現代の技術水準では、電通であっても音声通話と殆ど変化しないクォリティで会話をする事が出来る。アユムは妙に強調した口調で弟に電通していた。 そんな兄に対し、弟は若干の苦笑を含めたような電通を飛ばしてきた。彼は彼なりに、波留の朴念仁振りに呆れているらしい。 ――…まあ、変に構っちゃうと、店の前で女の子同士で揉め事起こしそうだしねえ…素にしても、悪い扱いじゃないと思うよ。 刃傷沙汰を自分の店の前で起こされるのはたまったものではない。ならば最初から、全員に対して一線を引いた付き合いをして貰った方がいい。それでもリピーターになってくれる女性も居るのだから――ユージンはそんな事を思っていた。 …でも、波留さんの個人的な魅力でお客さんが増えてるなんて、本当にハナマチのそう言う店みたいだなあ…――彼としては、そんな事も思わざるを得ない。 ともかく彼は兄との回線に乗せない考えを抱きつつも、カウンターの前まで歩いてきていた。兄が座る席の隣に立つ事で、大柄な身体が作り出す影が兄を覆い隠す。 「波留さん。郵便が届いてましたよ」 ユージンはそう言いながら、手の中にあった大き目の封筒をカウンター越しに波留に差し出していた。 ここはメタルが発達した人工島であるし、2061年現在は他の社会においても別媒体の電脳が浸透している地域が多い。そのために郵便と言うメディアは前世紀と比較すると格段に使用されない手法となっていた。 しかし完全に廃れた訳ではない。電通やメールでは輸送出来ないようなリアルの物体は、そうやって配達して貰わないといけないからである。そして、紙媒体はどのような立場の人間も目を通す事が出来る。例えば波留は未電脳化状態であるから、電脳経由での情報を端末で読むよりも紙媒体の情報の方が気軽に閲覧出来ていた。 「日本からみたいですね」 「ああ…ありがとうございます」 ユージンはその封筒の情報を補則し、波留は笑顔でそれを受け取っていた。 現在の郵便規格では、封筒にはバーコード表記に宛名も奥付も殆どの情報を含めてしまっている。そのために、そのバーコード情報を電脳や専用端末などで変換しなければ、正確な宛名などは人間には認識する事が出来ない。一見しただけでは情報を読み取れない事が、プライバシーの保護の一環ともなっている。 その封筒からは、日本国内らしい場所と人工島の消印と、バーコードの後ろに印刷された波留の名前のみが変換なしに読み取れる状況だった。ユージンもそれを見て判断したらしい。 波留はその封筒をひとまず自分の側のカウンターに置く。結構な分厚さを持ったそれは、硬い音を立ててカウンターの上に落ち着いた。そして彼が立つキッチンを一通り一瞥する。下がっている調理器具から置かれた中型の冷蔵庫までが彼の視界に捉えられた。 そしてアユムに向き直る。ふと気になったように留めて纏められた髪に軽く手を触れつつ、カウンターの向こうに微笑んで告げた。 「今日はお帰りになると伺ってはいましたが、夕食にするにはまだ早いですね。折角ですから、軽くパスタでもお出ししましょうか?」 「あー喰いたいっす」 波留の台詞にアユムが相好を崩す。確かに彼らは、朝食はろくに摂らないまま最後の仕事を行い、そのまま昼食を摂らずに帰宅している身分だった。そう言う状況なのだから、食事が出せるのならば是非出して欲しい。更に言うならば、それが波留の料理ならば特に――と言う気持ちが、彼の中にはある。 そんな内心を判り易く見せてくるアユムに波留も笑う。料理を作る人間にしてみれば、自分の料理を求められているのには悪い気分はしないものだ。 「何のパスタにするつもりですか?」 席に腰掛けたままカウンターに肘を突き、若干前のめりになってアユムが波留に尋ねてくる。興味津々と言った様子である。食に関わる原初の欲求となると、人間はこうも素直になるものらしい。 問われた波留は少し考えを巡らせるように、頬に指を当てた。しかしすぐに答えを導き出す。彼の生脳には冷蔵庫の中身などがしっかりと登録されていた。それも1ヶ月間、この家の面倒を看続けてきた成果である。 「マリナーラソースのパスタなら、すぐに作れますよ」 「――それ、具がなくてもあっさり食べられていいですね」 ユージンがふたりの会話に口を挟む。彼は彼なりに、波留の料理を楽しみにしているらしかった。 そんな兄弟ふたりに視線をやって笑い、キッチンに向き直った。とりあえずパスタを茹でるために、大振りの寸胴鍋に水を入れて温める事としよう――波留の心は決まっていた。 |