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問われたミナモは、両腕を組む。視線を上に向けて考え込むようにした後に、答えた。 「たまにソウタに差し入れ持って行ったりしたけど、波留さんとは会わなかったなあ」 それは、8月中にミナモが良く行った行動だった。7月中旬頃からソウタは統括部長代理の任に就き、自宅に帰宅する日が極端に減っていた。仕事が多忙を極めたためである。 それに呼応するように、ミナモが家事を行うようになっていた。 兄と妹とで互いに――或いは家族全員で、相談を交わした訳ではない。ミナモは今までソウタに任せっきりにしていた掃除や洗濯を自分なりに行い、ある程度練習していた料理を実利的に振る舞うようになった。そして7月のうちには、独りきりになりがちな自分を賄うだけでなく、電理研で働いているソウタや父親の衛にも着替えや弁当の差し入れを定期的に行っていた。 彼女はそうやって夏休みを過ごしていた。電理研を訪れる頻度は、それ以前と然程変化していない。訪問する要件は変化しており、訪れる場所もオペレーションルームではなくリラクゼーションルームと変化しているが、ともかく彼女はメタルダイバーが居るべき場所に顔を出し続けている格好になっている。 しかし、波留とは一切会っていないらしい。ミナモの台詞からサヤカはそれを感じ取っていた。 そして言葉で直接的に表現されてはいないが、そこにある一定の事実をも嗅ぎ取る。それに対し、サヤカは奇妙な気分を抱かざるを得ない。 「会ったついでに、お兄さんに波留さんの事、訊かないの?」 「ソウタも忙しいんだし、わざわざ訊く事でもないよ」 サヤカの問いに、やはりミナモは即答する。今までずけずけと兄に対応していたものだが、少しは気を遣うようになっているらしい。 「…あ、でも、波留さんのアドレスとか、持ってるよね?」 しかし訊いた直後に、それは愚問だったとサヤカは気付いた。発言の後に、僅かに口篭る。 「前から貰ってたけど、メタルの初期化で消えちゃったよ」 果たしてミナモは即答する。そしてそれは、サヤカが瞬時に想定した通りの答えだった。 7月末のメタル初期化により、人工島島民のデータは必要最小限のものを残して綺麗さっぱり消え去っていた。正確に言うならば、メタルを停止する際に、電理研が最低限の個人情報や財産データのみのバックアップを保存しており、メタル再起動の際にそれを再インストールしたのである。 ともかくその工程により、全住民の通信データは殆どの例外なく消失していた。一般人に過ぎないミナモもその範疇から外れてはいないだろうと、サヤカにはすぐに悟る事が出来たのだ。そして波留と一切会っていないし兄のソウタと波留についての会話を交わしていない以上、アドレスを新たに収集出来てもいないだろうとも推測出来る。 それにしても、サヤカには理解出来ない話だった。アイランドで再会した時には、あんなに嬉しそうに抱き合っていたのに。食堂でも楽しそうに会話していたと言うのに。 そもそもあれ以前にも、歩けるようになった波留とも一緒に居たいとアンティーク・ガルで恥ずかしげもなく告白されたりもしていた。あれはどう考えても恋だろうと、サヤカはその時点で思っている。 しかしそれらの一時の感情が引き、常に共に居る事もなくなった以上、ようやく年齢差を意識するようになったのだろうか。容貌の上でも少女と青年と言う差がある上に、実年齢を考えると15歳と82歳と言うとんでもない状況なのだから。 ミナモから波留に対する矢印が表されないならば、その逆が表れる確率は更に低くなるだろう。波留は基本的に思慮深い人間であるようだから、弁える部分が多いだろうから。 今思えば、早朝のアイランドの桟橋から波留が乗る定期船を見送っていたミナモも、妙に落ち着いていたとサヤカは気付く。あの時は電理研経由で何時でも再会出来るから平然としていたのだと思っていたものだが、実はもうあの時点で吹っ切れてしまっていたのだろうか? ミナモの初恋――と表現してしまっても差し支えはないとサヤカは思う――は、ごく自然に終わってしまったのだろうか? ミナモはそれを受け容れてしまったのだろうか? ――そんな事を思い、サヤカは何かを言い掛ける。しかしその時、教室のスピーカーからチャイムが鳴り響いていた。1時限目の予鈴である。途端に、教室のあちこちで話し込んでいた少女達が、がやがやと動き出す。自らの席に戻り始めていた。 サヤカが占領していたミナモの前の席にも、本当の主が戻ってくる。サヤカはその少女に軽く挨拶をして、席を開放した。がたりと椅子が引かれる音がする。 サヤカには、何となく釈然としない想いが胸中に残ったままだった。それを抱えたまま、ホームルームを迎える事になるのだろう。メタルでユキノとこっそりメールのやり取りでもしようか――サヤカは、そんなあまり宜しくない考えを抱いてしまっている。 そんな彼女に対して、言葉が投げ掛けられていた。 「――会いたい時には、きっと会えるよ」 その声に、サヤカは顔を上げた。そこには立ったままのミナモが微笑んでいた。いつものように元気一杯に明るい笑顔を浮かべ、サヤカを見ている。 そんなミナモの顔をサヤカは見やっていた。妙に確信的な言葉と口調だった。ミナモは何か、確固としたものを信じている様子だった。そしてこの台詞は、先のアイランドでも聴いたような気がした。 快活で楽しい子だけど、何処か妙な部分を抱えているのは否めない。未だに電脳化しないような不思議な子だからだろうか? サヤカは自らの親友の少女の顔を見つめながら、それを再確認していた。 |