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笑顔のユキノを、半ば苦笑いを浮かべて見ているサヤカだったが、ふと気付いたようにミナモに話を振った。 「――そういやニャモ。波留さんとはどうなったの?」 「…あ、そうよね。実習終わってからはミナモちゃん、人工島にずっと居たんだもんね」 サヤカの振りにユキノも反応する。夢見がちな言動をしていたが、完全に夢の世界に意識を飛ばしていた訳ではないらしい。自らの食体験についての語りをひとまず中断し、サヤカに同調する。そんな彼女の話の流れに、内心サヤカは安堵した。 ともかく彼女らは、その脳裏に長い黒髪をひとつに結い上げている逞しく健康的な容貌を持つ青年の姿を思い浮かべていた。彼女らが知る「波留真理」とはその人物ではなかったのだが、7月末のアイランドでの出会い以来、その姿で上書きされている。 容貌こそ7月末に上書きされたが、その性格とミナモとの関係性は、4月以来から積み重ねたそれから一切書き換わっていない。むしろ、着実に書き加えられていた。それはふたりにとって、何処となく微笑ましいものを感じさせていた。同じ歳の少女と、相当に年上の男性との関係性だと言うのにである。 そして彼女らは、今もそんな感情に浸っていた。机の隣に立つユキノと、前の席の椅子に横座りしているサヤカがミナモを見やっている。見られている少女はそのふたつの視線に対し交互に視線をやった。 それから視線を上に向ける。上目遣いで、視線を教室の天井に向けた。最上階だけあって壁際には天窓状態にガラス窓が設置されていて、太陽の光を存分に取り込んでいる。ミナモはその光を顔に感じつつも、少し考え込むような仕草を見せていた。 「…さあ」 ミナモの口から漏れたのは、そんな単純な言葉だった。若干、首を傾げている。 その態度にサヤカはにやりと笑った。机の上に置いていた右手を軽く握り締め、ミナモに向かって軽く突き出す。胸元に触れるように拳が伸びていた。ちょんと小突くような格好になる。 「何よそれ。隠す事ないじゃん」 軽く身体を前に傾けた状態で、目を細めてにやにや笑ってサヤカは言った。彼女の脳裏には、7月末でのアイランドの光景が思い浮かんでいた。あの日、海の浅瀬にて、朝日を浴び、海水に濡れつつもミナモと黒髪の青年が嬉しそうに抱き合っていた風景は、サヤカにとって眩しくもあり気恥ずかしさすら感じさせる代物だった。 そう言う関係だったと言うのに、今更何を隠すと言うのか?――サヤカはそう思ったのだ。ミナモは波留との付き合いを照れ臭く思い、親友である自分達にも伏せたがっているのだろうと認識していた。 しかしミナモはそんなサヤカをきょとんとした顔をして見ていた。軽く顔を傾け、自らの胸元を小突いてきているサヤカの褐色の拳を見やる。 「隠してなんかないよ?」 「またまたー、あれから1ヶ月もあったんだから、波留さんとも色々あったんでしょー?」 ミナモの態度にサヤカはますます笑いを深めてゆく。突き出した拳を解き、ミナモの肩をぺしと叩いた。彼女が言う「色々」とは、どのレベルまでを含めているのか。それは謎である。 そんなサヤカの様子を、ユキノは相変わらず目を細めて微笑んでいた。特に止めるつもりはないらしい。おそらくサヤカと似たような心境に至っているのだろう。 若干の悪戯っぽい友人達の笑みを受け止めつつ、ミナモは首を傾げていた。茶色の髪が肩に掛かり、頭のピンク色のリボンが揺れる。 そして、ミナモは眉を寄せ、サヤカに向かって言った。 「サヤカってば、何言ってんの。私、波留さんが今どうしてるのか、全然知らないもん」 「………は?」 ミナモの予想外の発言に、今度はサヤカの方がぽかんとした表情を浮かべていた。ミナモがここまで否定すると言う事は、どうやら照れではなく本気ではないかと思い始めていた。ミナモは頑なと言うには、本当に訳が判って居ないような素振りを見せ続けていると、サヤカも気付く。 日に焼けて褐色に染まった健康的な手が、ミナモの肩から離れてゆく。戸惑うような表情をサヤカは浮かべた。引かれた手が所在無げにサヤカの胸の辺りを彷徨った頃に、彼女は口を開いていた。 「…もしかして、波留さんと会ってないの?」 「うん。機会もないし」 困惑気味に質問を寄越したサヤカに対し、ミナモはそう即答していた。まるで当然の事を答えるような態度だった。 その同級生の態度に、サヤカは若干腰が引けていた。本当に彼女の予想外の対応をされたのだ。その彼女が思っていた事をそのままに口に出す。 「電理研に行けば会えるんじゃ?波留さん、メタルダイバーなんでしょ?」 サヤカにとっては波留はリアルのダイバーである以上に、電理研所属のメタルダイバーだった。それは7月末のアイランドの再会で、ますます強く認識させられていた。 現状、電理研所属のメタルダイバーは多忙を極めているはずである。一般市民かつ未成年者であるサヤカも、一般報道や人工島の雰囲気からそれを知っていた。だからメタルダイバーならば、電理研で仕事をしている日が長く続いているだろうと思われた。 そしてミナモは家族が電理研関係者である。様々な事情により、ミナモ自身も電理研に出入り出来るようにコードを得ていた。 波留が電理研で働き、ミナモも電理研に出入り出来る扱いになっているのだから、このふたりが出会う事は通常の15歳の少女と社会人の青年と比較したら容易い事だろう――サヤカが抱いた考えとは、それだった。黙って様子を見守っているユキノも、それに近い考えを抱いている。だから口を挟む必要性を感じていないのだ。 |