太陽は天頂に至っている。鮮やかな光が海を照らし出し、煌かせていた。空には海鳥が羽ばたき、海面の何かを狙っているようだった。 先程と船は逆方向に進んでいる。それでも波留は先程と同様の方向に手すりに手をつき、海を眺めていた。ついさっきまで自分が潜った海を見つめている。 ウェットスーツは陸に戻って身体を洗う算段をつけなければ脱ぐ事は出来ない。だから濡れた身体をそのままに、デッキに立っている。彼の周囲では潮の香りが濃厚に漂い、海水で水溜まりが作り出されていた。只、長い髪だけは全て解いてしまい、タオルを被せていた。 「――波留さん、これ」 不意にアユムの声がする。そして彼の顔の傍に何かが差し出されていた。彼は視線だけを向けてそれを確認する。 それは、ビールの缶だった。表面には水滴が付着しているが、アユムの手から垂れる海水とビールの表面に結露した水分であるようだった。実際に缶の周囲では白い煙のように冷気が発生している。 苦笑を浮かべ、波留は差し出された缶を手にした。受け取った右手の指先に缶の冷たさが伝わってくる。 「昼間からですか」 「俺らは休みの日だから構いやしませんって」 そう言ってアユムは笑い、缶のプルトップを捻る。小気味良い音が立ち、軽く泡が吹き出してくる。それに慌て、アユムは缶に口をつける。沸き上がってきた泡を勿体無さそうに啜った。 気が済んだらしく、彼は顔を上げた。口許を拭いつつ、さっぱりとした表情を浮かべて波留に言う。 「朝からキンキンに冷やしときましたから、旨いですよ」 手すりに寄り掛かり缶を片手にしたまま、波留はアユムを見た。軽く眉を寄せるようにして、目許を細めた。苦笑と呼べる類の笑みを浮かべたまま、言う。 「液体窒素に浸けたりですか?」 「何すかそれ。飲めないっすよそんな事したら」 アユムの突っ込みに、波留は短く笑った。アユムから視線を外し、手すりに寄りかかったまま俯き加減に海を見やる。 アユムは波留のその態度を、照れ臭いのだろうかと判断した。何せ物凄くズレたジョークのセンスを見せ付けてきたのだから――彼にとってはそんな認識だった。 しかし、波留はビールを開ける事はしなかった。只、手すりにもたれ掛かり、胸をつけて俯いて海を見ている。缶を落とさないように持ってはいるが垂れ下がっている腕は、どうにかデッキの上にある。缶から水滴が垂れ、波留の周りに出来上がっている海水の溜まりに落ちた。僅かに水紋を作り出す。 さざめくように風が吹き抜ける。波留の頭に置かれたタオルが風に煽られるが、首元で留められていたために吹き飛ぶ事はなかった。 そんな波留の様子を見ながら、アユムはビールを飲んでいた。冷たく苦い液体が彼の喉を通ってゆく。それを半ばまで飲み干した時点で、彼は缶を下ろした。波留の背中を見据える。 そして、意を決したように彼は口を開いた。 「――…いっそ、うちで働きますか?」 「…え?」 波留はその声に反応を見せた。怪訝そうに振り返り、アユムを見る。すると今度はアユムの方が波留から視線を逸らした。片手で頬を掻く。酔っているのか、若干色付いていた。 「大した金は出せないっつーかもう只働きして貰いたい位余裕がないから、波留さんの能力に似合った職場じゃないですけど。でも、海に潜る装備は好きに使っていいっすよ」 言われた波留は目を丸くしてアユムの方を見ていた。その態度にアユムはますます顔を紅くする。自分でも柄にない事を言っている気がするようだった。 「いいんですよ。俺らが電理研に呼ばれた時に留守番してくれりゃ、それだけで!」 |