――…昔は居たって訊くけど、今は居ないって話…だよ…? 兄の脳内の叫びを電通として聞きつけた弟は、海面の船の上にてそう答えを返していた。しかしその最後が妙に疑問系になっていたのには訳がある。 ユージンは海中の兄から「海底」の存在とその奥に向けて波留が向かった事は、電通で訊いていた。その上で色々とメタルで調べてみたが、何も判らなかった。電理研に問い合わせたら何か情報が貰えるかもしれなかったが、現状把握が先だった。情報が少なければ電理研にも何も出来ない。 そうこうしているうちに、船が停泊している付近の海面が泡立つ。そして波留が海面に顔を出したのだ。突き出した顔が水を弾き、黒髪が揺れる。大きく開けられた口が呼吸するのを、ユージンはぽかんとした表情で見ていた。 波留が浮上して顔を出したその隣に、イルカの頭も出現していた。それこそが、彼の怪訝そうな電通の理由であり、表情の理由でもあった。 イルカは波留の方を見て、次いで船を見上げた。そこに居るユージンにつぶらな目を向け、軽く頭を傾げる素振りを見せた。口許から軽く鳴き声が漏れる。 流線型の身体が、頭上の太陽の光を浴びていた。その頭を波留の手がそっと撫でる。軽く頭を合わせるように接触させ、笑った。どうやらイルカも嬉しそうな印象を見せ、そして彼らは再び海へと潜っていた。 それを呆然と、ユージンは見ている。その脳裏では、呟くような思考を発していた。 ――…50年前の事故以来居なくなったって話だけど、戻ってきたのかなあ…? ――50年音沙汰なかったってのに、そんなのアリかよ。 不意に電通が返ってきた。ユージンは視線を巡らせると、近辺にアユムも顔を出していた。どうやら彼も海底から戻ってきたらしい。スクーバであるために口で会話出来ない彼は、ユージンと電通を行う。 ――そんなのわかんないよ。自然の事だし。 困ったような思考がアユムの中に流れてくる。確かに弟に当たっても仕方のない話だと、彼にも理解出来ていた。 視線を下に落とす。海中に潜っていなくとも、浅い部分での様子は彼にも見る事が出来ていた。 彼のすぐそこで、波留とイルカが戯れるように泳いでいる。まるで同じ種族であるように滑らかな泳ぎを見せていた。その自然過ぎるやり取りにアユムは介入出来ない。 ――やっぱりこの人は…――。 それを眺めるアユムは思考で何かを言いかけて、止めた。それをユージンは怪訝に思う。 ――…何? ――…俺達とは全く違う存在で…凄えなって…――それだけだ。 弟に訊かれ、口篭った先をぶっきらぼうに再開する。アユムの抱いたその感情は感嘆でもあり、ある種の畏れでもあった。そしてユージンもまた、それに頷いていた。 |