アユムはその「海底」の手前で立ち往生していた。波留を見送ったままそこに待機している。波留を追っても良かったが、自分の手には負えない事態であるように思えたからだ。
 それに波留の力量は自分を遥かに超えたものがある。海への理解も素晴らしいものがあった。だから危なくなったら自分で判断するはずだし、そこに自分が居ては足手纏いになるのではないかと言う判断もあった。
 とは言え、不安要素も充分に存在している。この先は未知の領域である。それに根本的な問題として、波留はスクーバではなくフリーダイビングで潜っていた。息が続く時間には限界があり、もし海中でその時が来たら生命に関わる。フリーを選択した以上、そこまでの無理はしないはずだった。しかし未知の世界では計算違いが発生する可能性も高いのだ。
 連絡を取ろうにも波留は未電脳化状態であり、電通が不可能だった。だからここで待つしかなかった。
 そんな中、アユムの見ている先に、人影がちらついた。それは徐々に大きくなってゆく。――無事だったか、波留さん。彼はそう安堵の声を脳内で漏らしていた。自分の存在をアピールするように彼は片腕を挙げた。
 暗い深海から人影が上がってくる。それは確かに波留の姿であり、しっかりと海を捉えて掻き分けている。
 しかし、アユムには、その傍らに、何か別の存在が居るような気がした。それを認識しようとした頃には、波留はアユムの脇をすり抜けて行っていた。結構な勢いが付いていたらしい。
 アユムは通り過ぎていった波留の姿を呆然と見上げて見送っていた。波留はそんな彼に対し、右手で軽く親指を立てていた。遠ざかってゆく顔はアユムにはあまり良く見えないが、どうやら微笑んでいるらしい。海面に向かっているのは呼吸のためだろうが、どうやら海面までに息は楽勝で続くらしかった。彼は、それは良かった。
 問題は、波留の傍らに居た存在である。
 波留の隣に寄り添うように、流線型の存在が泳いで行ったのだ。それは波留同様にアユムの眼前からさっさとすり抜けてゆく。アユムはそれを見送ると、海の中で尾がゆらゆらと揺れているのを目視する事が出来ていた。脇に備わったヒレが身体の動きをコントロールしている。時折波留が振り返り、その存在を見ている様子だった。
 そんな光景をぼんやりと見ていたアユムは、ようやく現実に思考が戻る。その頃には波留達は海面へと至っていたようだった。そんな中、彼は脳内で叫ぶ。
 ――…イルカって、この辺に居たかあ!?
 
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