波留の肌に感じられる海の圧力は、徐々に増してくる。天頂の光は沈むに従って減算され、暗さのみしか感じ取れなくなっていた。
 波留は左手を持ち上げ、顔の前に持ってくる。そこに嵌められたダイバーウォッチに表示された水深を確認する。なだらかではあるが着実に深い領域に導かれているようで、それが数値化されて波留の前に明らかにされていた。
 光量が減ったために鮮やかな珊瑚の色も認識し辛くなってきている。視界も狭くなった事もあるのか、底を見通す事も出来ない。まだ息は続くが、この状態が何時までも続くならば、いずれ途中であっても切り上げる事も考慮に入れるべきだと波留は思い至っていた。
 そんな状態の波留の前に、僅かに蒼い光が見えた。暗い深海に小さな点のようなものがある。それを彼はゴーグル越しに感じた。
 彼は怪訝に思う。暗い深海で唐突に光が見えるとは一体どう言う事だろう。このような設計上あり得ない不思議な海底だ。既に電理研などが把握済みで、何らかの観測機材かビーコンでも設置されているのだろうか――そんな事を考えるうちにも彼は沈降してゆく。
 そして蒼い光は徐々に彼の前で大きくなって行っていた。それは彼が沈んで行っているからだけではなく、光そのものが彼に向かい上昇して来ている印象すら与えた。
 ゴーグルを蒼い光が照らし出し、視界がちらつく。思わず口が開き、泡が漏れた。
 波留は右手をその光に向かって伸ばした。指先に何かを感じる。ちりちりと痺れるような感覚は、水の冷たさのせいだろうか。しかし何処となく暖かで、染み入るような感覚がそこにある。
 耳元に聴こえる水音は相変わらず静かであり画一だった。しかしその時、不意にその音が一瞬途切れ、すぐに復帰した。それはとてつもなく長いリズムをそこでようやく刻んだかのようだった。
 波留はその感覚が、以前から自らの脳に刻み込まれている事を思い出した。触れる水が身体に溶け込むように、それを伝えてくる。何かが続々と脳に流れ込んでくるような感覚がする。波留は目を見開いた。
 彼の前で、炎の如き蒼い光が、弾けた。
 
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