結論から述べるならば、フジワラ兄弟が自分達の元にいきなりやってきた黒い長髪の男を「波留真理」その人であると認識するまでには、然程時間を要しなかった。 彼らは波留同様にメタルダイバーであり、電理研の仕事をこなしている。そのために、リアルの老人としての波留よりも、メタルでの若い姿のアバター使いとしての波留に馴染みがあったのだ。 更に、兄のアユムはブレインダウン時に波留に救出された経験があるし、弟のユージンに至っては初対面でいきなりデータを抜き取られてメタルから落とされると言う有様だった。単なる同僚と言うには因縁浅からぬ関係である。 メタルでの波留は、現在の波留のように若い容貌だった。メタルの海では基本的にメタルダイブスーツを纏っているために、ヘルメットに覆われている顔立ちは注視しないと判らない環境である。しかしそこは、自称「電理研ダイバーTOP3」である。偶然垣間見た容貌をきっちり記憶していた。何より若い声は間違えようがない。 メタルが初期化されたために、彼らが自分のメタルに溜め込んでいたダイブログは消失していた。しかし、曖昧とは言え、彼らの生脳にも記憶は遺されていた。 そのように半ば直感的な判断の末、互いに直接電通で情報をやり取りした結果、波留の身分は兄弟に証明された。 しかしその最中、波留が未電脳化状態に陥っている事も明らかにされていた。掌を介するのではなく、ペーパーインターフェイスを持ち出したのだから、当然の話ではある。 ともあれ、目の前の黒髪の若い男は兄弟が知る「波留真理」であると明らかになった訳である。その時点で、警戒心は親愛の情へと取って代わった。 何せ、彼らは今回の一連の事件で、波留の各種サポートの任を電理研から依頼されてこなしてきていた。最後の超深海ダイブについてもメタルからサポートを行い、結果的に彼らの目の前で波留は消えていた。 波留はメタルとリアルの双方からロストしたまま、メタルは初期化された。それは、少なくともメタルでの死を意味した。メタルに溶け、その意識は最早リアルには復帰不可能となるのだ。そして5000m級の超深海でロストした以上、リアルの肉体も無事では済むはずがなかった。 そんな思いを抱え、アユムは7月29日以来、時折ベランダにて黄昏る日々を送っていた。彼にとっては目前で仲間を亡くした事になるからだ。自分達の力量が圧倒的に波留には及んでいなかったとは言え、もう少し何か出来たのではないかと言う後悔の念があった。 そしてそんな兄を見る弟も、辛いものを抱えていた。出来る限り明るく振舞い励ますものの、彼もまた波留の消失はショックだったのだ。 そんな数日間を送っていたと言うのに、死んだと思っていたその当人が、ひょっこり平然と戻ってきたのである。もっとも、若返って戻ってきた時点で「平然」とは言えないのかもしれないが。 ともかく兄弟は、波留の帰還を心底喜んだ。彼の正体が証明された時点ですぐに店舗に引き込み、互いに積もる話をする事となった。 |