その水上バスの終点は、海洋公園だった。 無意識のうちに馴染みのバスを選択したのか、波留は以前から良く利用していたバスに乗っていた事になる。もっとも、その頃の彼は車椅子の身分が大半を占めていた。 折り返し運転になる水上バスに乗り続ける事はせず、波留は一旦その停留所で下りていた。海洋公園は人工島の最南端に存在する施設であり、居住区画や商業区画からは外れた位置である。しかし海に関係する仕事をしている人間はそれなりに居るために、この路線の利用者もそこそこ存在した。だから最終のバスはまだまだ先の時間だった。公園を散策する暇はあるだろうと考える。当座のホテルにチェックインするにしても、遅い時間になってもいいはずだった。 波留が下りた水路の付近はきちんと舗装されている。砂浜や岸壁などは影も見えない。それでも海が近い事は間違いなく、潮の香りが風に乗ってほんのりと漂ってきていた。彼はそれを鼻腔に感じ、心地良さに浸る。 ペーパーインターフェイスやその箱類を入れた手提げ袋を持ち、波留は舗装された路面を歩く。車やバイクなどが利用出来るように車線などは引かれているが、それらの姿は見えない。その路面に太陽が照り返す。 その付近は人通りもなく、静かだった。微かな波の音を彼の耳は感じ取る。穏やかな風が髪を揺らす。それらを全身で受け止めつつ、彼は緩やかな上り坂を歩いていた。 不意に前方の視界が開ける。歩道と車道が通り抜ける突き当たりに、大きな店舗らしき建造物が垣間見えた。その建物は、上部に海洋公園には似合わない派手なネオンサインの看板を掲げている。しかし、今はまだ昼間のためにそれは点灯されていない。 そしてそれもまた、波留にとっては馴染みの光景だった。思わず口許に苦笑を浮かべ、頭に手をやった。結び纏められた髪の隙間に指を差し込む。 点灯してはいないが、ネオンサインを読み取る事はデザイン上充分に可能だった。 その店舗の名は「ドリームブラザーズ」と言った。 |