検査中だったため、波留は今まで食事を摂っていなかった。事務所を引き払った時のあの別れのランチ以来、まともに食事をする機会にどうも恵まれていない。
 とは言え、人工島に戻ってやるべき事は終わってしまった。今の波留は、アイランドに帰還した時のように暇になっていた。だからひとまずは食欲を満たす事とした。
 メディカルセンターは市井の施設であり、付近に商業施設も存在する。特に選ぶ事もなく、波留は目に付いたオープンカフェに足を運んだ。
 微妙な時間帯と言う事もありそれ程混み合っていないため、適当な席に着く。すぐにウェイトレスがやってきて水を出し、メニューを置いていった。波留はそれに目を通し、特に悩む事無くミートソースのパスタを注文する。食事の回数はこなしていないが、とりあえずは軽い食事で充分だと思った。
 トレイを持った少女が立ち去った後で、彼はテーブルの上に手提げ袋を置く。パスタが届くのを待つ間に、それを開き、中の箱からペーパーインターフェイスを取り出した。次いで説明書も出す。
 波留はその携帯端末を起動させ、自らに切り分けられたメタルの領域に繋ぐ。まず確認したのは、自分の口座データだった。ここで支払いが出来なければ話にならないからだ。端末に残高を表示させ、説明書で決済機能を調べる。
 未電脳化状態に陥ったとは言え、波留自身の個人データが抹消された訳ではない。それは、彼がアイランドに帰還した際に散々身分証明で揉めた末にメタル復帰でそれが解消された時点で判っていた。
 しかし、改めて残高のゼロの多さを眺めると、波留は半ば呆れすら感じる。決済履歴を見るに今回のダイブについても多額の報酬が発生したようで、きちんと振り込まれていた。
 彼は不本意ながら50年の眠りに就いていたため、それまでの預金は手付かずのままだった。国家公務員に順ずる立場だったために収入も少なくない上に、多忙だったためにそれらを浪費する暇もなかった。結構な額が口座に残されていた事になる。
 それだけならまだしも、眠りに就く原因となった事故は労災認定され、多額の賠償金が発生した。更には事故で死亡していないのだから、生きている限り医療費も支給され続けていた。彼は長年の入院生活を余儀無くされていたが、その費用も支給された医療費で相殺された事となる。
 眠り続ける波留の資産を管理していたのは、保証人となった彼の親友である。どうやらその親友は単に資産を預金で寝かせるのを良しとしなかったようで、それらを見事に運用し結果的に更に増額させていた。目覚めた波留がその金額を見た時には、データ上の何かの間違いか、そうでなければ知らない間に宝くじで高額当選したのかと思った程である。
 ともかくこれだけの額が手元にあるならば、メタルダイバーを辞めて電理研から仕事を請けなくても当面の生活の心配はなさそうだった。ひとまずはこのカフェの食事代を払う必要があるが、それも大丈夫だろう――桁が相当に違う金額の話を同列に考えていた波留がそんな安堵を抱いた頃に、パスタが彼の元に出されていた。
 
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