再び統括部長オフィスを訪れた秘書アンドロイドは、先程と同様の紅茶を淹れてゆく。同じ紅茶の葉を用い、同じ温度のお湯を注ぎ、結果的に同じような味の紅茶を淹れる。
 そして人間の3者は黙り込み、只その紅茶を口にしていた。言葉を発する事も無い。只、自分の中で考えを纏めようとしている様子だった。
「――波留さん」
 不意にソウタが波留に話を向けてきた。熱い紅茶の湯気を顎に当てつつカップを下ろす。
 波留も彼の声に、向き直った。また何らかの質問をするのだろうかと思った。ならば実験に携わったダイバーとして答えなければならない。
 しかし、ソウタの口から続いた台詞は、波留の予想からはかけ離れていた。
「これからどうしますか?」
「…と、仰いますと?」
 漠然とした問いに、波留はソウタの真意を掴みかねた。怪訝そうに訊き返す。
 ソウタはカップ一式をテーブルの上に戻した。カップの蔓に触れていた指をそっと引き抜く。伏し目がちに赤い水面を見つめつつ、台詞を発していた。
「俺はこのまま部長代理の任を続ける事になっています。俺はどうしようもなく未熟者ですが、他に適任者が居ないと言う話ですので、仕方がありません」
「そうですか…」
 波留はそれだけ言った。口許にカップを持って行き、液体を啜る。
 ソウタが統括部長代理の職に就いているのは、様々な駆け引きの末の選択だろう事は、部外者である波留にも推測が出来ていた。おそらくこの決定を、当人は望んでいた訳でもないと判っている。しかし選ばれた以上はベストを尽くさなければならない。そう言う決心が出来る青年であると、波留はソウタの事を認識していた。
 ソウタは他の電理研幹部よりも明らかに歳若く、キャリアも経ていない。「久島部長の腹心」であった事実のみがクローズアップされたのだろう。久島がブレインダウン症例に陥り統括部長業務をこなせなくなったとされる現在において、その代役に相応しいのはその弟子であるという判断がなされたのだ。
 そう言う状況で部長代理の任に就いているため、その権限は実質的に縮小されている。周囲の幹部達の意見を丹念に拾い上げてゆく必要があるからだ。ソウタの独断で電理研を動かす事は出来ない。
 人工島建設に関わり現在も偉大な存在であった久島部長の権限が強大であり、引いては電理研自体の権限も人工島運営において大きかった今までとは違う状況になるだろう。責任が分散され、ソウタにとっては統括部長代理と言う任を演じる事を却ってやり易くなるかもしれない。
 そう言った話をソウタは波留に対して訥々と語る。それを波留は静かに聴いていた。隣に座る衛も腕を組み、黙り込んでいた。
 今までの観測実験の話題から大きく外れた展開となっていたが、波留はそれを受け止めていた。彼にとってソウタとは歳若い友人でもある。仕事に関係しなくとも、その告白はきちんと聴いてやりたかった。
 ソウタは右手を胸の前に挙げた。軽く力を込めたように拳を作り、それを解いた。その手を広げ、波留を指し示すように動かす。
 そして瞳に何らかの力が篭った。波留をしっかりと見据え、彼は言った。
「そこで、波留さんにも、電理研の幹部としての職を用意したいのです」
 
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