海底区画では外の海の光景は時刻によって代わり映えがする事も無い。そのために意識して把握しなければ、時間経過は判らないものだった。
 それでもこの統括部長オフィスに集合した3人は、それぞれに結構な時間が過ぎ去った事を自覚している。各人の手元にある紅茶の減り具合と、液体を残している人はそれがすっかり冷め切っている点。適度に保たれた空調は、それ故に彼らの喉を乾かしてゆく。真面目に話を聴き、時に質問をして行ったために微妙に肩が凝りつつもあった。そのような変化から、彼らは時間経過を把握していた。
「――…波留さん。仰る事の内容自体は、まあ、判りますが…」
 溜息混じりにソウタはそう言う。両腕を組み、背中を大きくソファーに預けた。彼の体重を受け止めたスプリングが軽い軋みを上げる。
「…まあ、確かに」
 衛も静かにそれだけ言った。自らが掛けていた眼鏡を摘み、顔から外す。瞼を瞬かせ、その上から手の甲で拭った。どうにも疲れを感じさせる表情をしている。
 ふたりの反応に波留は苦笑するだけだった。顔に手をやり、前髪をざっと掻き上げる。
 とりあえず、彼が体験した事はこの場で全て語り尽くした。この場で会話した事は、ソウタと衛が保持しているメタルにログとして保存されているはずだった。後はそれを研究し纏め上げる必要がある。しかしそれはダイバーたる波留の役目ではない。
 大体、メタルは海の簡易モデルであり、互いの深層は繋がっている――そんな大前提すら、メタルの運営者に信じて貰えるのか怪しいものだった。メタルの専門知識がない一般人相手では尚更である。胡散臭い疑似科学めいた扱いすら受けかねなかった。
 そこから更に波留の話は軽快に飛ばしてゆく。「海の深層には有史以来地球が溜め込んだ膨大な知識のログが存在している」だの、「その深層には死んだ人間が行き着いており、久島部長ともそこで再会した」だのとのたまったのである。
 波留の盟友と表現して最早差し支えが無いはずの蒼井親子でも、それらの話には流石についていけない部分があった。波留当人も、自身で体験しなければこれらを信じられたかは怪しいと、自分の事ながら思っている。
 しかし、ソウタも衛も、波留の話を笑い飛ばす事は出来なかった。何故ならあの晩、確かに彼らは何らかの「声」を聴いたからである。
 それが一体誰から発せられたものなのか。そもそも個人のものなのか。それらは一切判らない。しかしとにかく彼らは、「そうしなければならない」と言う強い意思を感じたのだ。そしてその声を聴いたのは彼らだけではなく、全世界の人間達だった。
 そんな超常現象めいた出来事は一体どう言う理屈で発生したのか。その理由付けとして、波留の話は当て嵌められそうではあった。しかしそれを理論立てて説明しなければならないとなると、頭が痛い思いがする。
 ソウタは皺が寄る眉間に指を当てた。彼は統括部長代理として、波留が持ち帰ったデータを纏め上げて電理研幹部達に報告しなければならない。正直、本気で困り果てていた。
「…とりあえず、新しいお茶を淹れて貰いましょうか」
「そうしましょうか…」
 黙り込んだ末にソウタが発したその提案に、波留は苦笑を深めて応対していた。とりあえず、息抜きが必要だと思った。
 
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