エレベーターや専用通路を介しつつ、波留は衛に先導されて海底へと進んでゆく。
 エントランスから近い頃には電理研の制服や白衣を纏った職員達が通路を行き交っていたのだが、ふたりが認証ゲートをくぐりつつ電理研の奥へと歩いてゆくに従って、人間の姿が徐々に減って行った。更に奥に行くと、彼らが「ホロン」と固有に認識している公的アンドロイドと同型のアンドロイド達の姿すら見当たらなくなってゆく。その付近は、最早殆どの職員は足を踏み入れる事は出来ない区画だった。しかしふたりは普通に歩みを進めてゆく。
 やがて彼らはあるガラス扉の前に辿り着く。その扉の横の壁面に備え付けられているコンソールに、衛は右手を伸ばした。手がコンソールの上にかざされると淡い光がコンソールに走る。そして軽い電子音と共に、扉が自動ドア方式で横にずれて開いた。
 衛に続いて波留も扉をくぐる。ふたりが通り過ぎた時点で、ガラス扉は静かに自動的に閉められた。
 室内に入ると、その一角に背の高い観葉植物の鉢が置かれている。部屋の一面はガラス状の壁面になっており、海の青さが差し込んで来ていた。衛の背中を視界の隅に入れつつも、波留はその風景に軽く目を細める。
 そして足を進め、部屋の奥へと入ってゆく。その先を彼は見た。彼にとって馴染みの光景がそこに広がるはずだった。
「――波留さん!」
 その時、若い男の声が、波留の耳に届いていた。
 波留の視線の先には黒いモノリス状のデスクがあり、そこには電理研の制服の上から白衣を纏った黒髪の青年が席に着いていた。その青年は波留の姿を認めたからか、彼の名をそう叫んで両手をデスクに付き席から腰を半ばまで浮かせていた。
 しかしその上体がぐらりと揺れ、彼は体勢を崩した。軽くよろけるように彼は腰を落とす。若干、座っていた位置がずれていたが、椅子から落ちる事はなかった。
「ソウタ君、大丈夫ですか!?」
 目を細めていた波留は彼のその様子に瞠目し、慌ててデスクに走り寄る。黒い長髪を翻らせつつ、衛の背中を追い越した。
 彼が電理研統括部長代理である蒼井ソウタの元に辿り着いた時には、ソウタは何とか椅子に腰を落ち着けていた。それでも波留は彼の肩に手を置き、支える素振りを見せる。
「…大丈夫です、波留さん」
 ソウタは波留を見上げた。苦笑を浮かべた顔がそこにある。そして彼は壁の方を指差した。
「すいません。来て頂いたついでに、それを取って貰えますか?」
 波留はソウタが指差す方に顔を向け、視線で指先を辿る。そしてそこにあるものを認め、波留は軽く眉を寄せた。彼らの向こうでは、衛が視線を逸らしている。
 デスクの背後の壁には、白い松葉杖が立て掛けられていた。
 
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