ホロンも波留と同じような仕草を見せる。左手を胸の前に上げ、右手で袖口を摘み上げる。その指先で軽く袖口を下にずらしてみせた。
 女性型アンドロイドの手首が露になる。そこには彼女が良く装着していた腕時計ではなく、銀色に鈍く輝くシンプルなブレスレットが嵌められていた。
 そのブレスレットには軽く捻りを入れた装飾が施されており、その中央部には青色の石がひとつ埋め込まれている。それはそれ程高価な宝石ではなく、人工的に作り出されたものだった。しかしブレスレットが醸し出す雰囲気には上手くマッチしている。
 それは、現在の人工島において若者の間で流行していたブレスレットの種類のひとつであった。想定されている客層の年代には有名なものである。しかし波留はその手の装飾品についての知識はまるで持ち合わせていない。興味がない事なので、メタルで検索してみようと言う発想も思い浮かばなかった。
 それでも設定上、公的アンドロイドがこのような装飾品を装着する事はないはずだった。華美ではないがれっきとした装飾品である。そのようなものは彼女らの任務上必要とされないはずであり、彼女らを動かすプログラムにもそのような設定はなされていない。マスター達に命じられたならば身につけるかもしれないが、少なくとも自発的にはそのような行為はしないはずだった。
 ならば一体どういう経緯でこのようなものをつけているのか。波留はホロンのマスターであり、彼女の行動に対してかなりの権限を握っている。彼女の設定の大半は波留が行っていた。
 しかし、超深海ダイブ直前の7月中旬において、彼女が初期化される事態になった頃には彼も介助を必要としない身体となっていた。そのために波留は、ホロンをメンテナンスのついでに半ば電理研に返却した形を取っており、それ以降の彼女の事は以前よりは把握してはいなかったのは事実である。それでもマスターは彼のまま変更はしておらず、同様の権限を所有するシステム管理者である久島永一朗が居ない今、波留の他に設定変更を出来る人間は居ないはずだった。
 ホロンはブレスレットに視線を落としていた。指先で銀色の金属をなぞっている。その指の腹に、装飾の凹凸を感じているのだろうかと波留は思った。
 そしてホロンは波留に視線を向けた。少し眉を下げて寄せ、困ったような笑みを作り出していた。
「部長代理に頂いたのですが、マスターのお気に召しませんか?」
「…ソウタ君に?」
「はい」
 マスターの言い換えに、公的アンドロイドは微笑んで頷いていた。その間も、相変わらず手首のブレスレットを指でなぞり触れている。
 その彼女の言動に、波留はしばしきょとんとした。黙り込む。水面を走るタクシーが僅かに揺れるのを、彼は車内で感じ取っていた。しかし、すぐに顔を上げ、ホロンに対して笑う。
「いや、僕はそう言うものは良く判らないからね。ちょっと気になっただけだよ」
 言いながら、手持ち無沙汰に彼は自らの前髪を指で摘んだ。弾いて後ろに流す。そしてそれに合わせるように、ホロンに向けて視線を流した。
「彼がそれを望むなら、つけているといい。良く似合っているよ」
「ありがとうございます」
 ホロンは波留に対して軽く頭を下げた。深く一礼するには、膝の上の木箱が邪魔をする。そんな彼女に波留は軽く頷いてみせた。
 君が望むなら――とは、波留は表現はしなかった。アンドロイドである彼女に、そこまでの自我を認めていいものか、波留は少々迷ったのだ。
 だから「彼」と表現していた。アンドロイドにとって自分の望む行動と人間が彼女に対して望む行動は、ほぼ同一のはずだと彼は認識しているからである。
 それでもホロンは人間のように、照れたようにはにかみ笑う。掲げる左手の袖口から、ブレスレットが光を弾き煌いた。
 
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