彼らが出会った頃には若干の人間が視線を送っていたが、彼らの態度は特に何の変哲もないものだった。そのために興味を惹かれるものもなかったらしく、足を止めた人々も自分達の進む方向へと歩みを再開して行った。 結果的に、彼らの周辺はまた通常の賑やかさを取り戻す。活気ある交通の要所に様々な人々が往来してゆく。 「お荷物をお持ち致します。マスター」 ホロンはそう言い、波留にそっと手を差し伸べる。波留がその胸に抱え込んでいる小箱に両腕を回した。彼女の方からも胸に押し付け、抱えるようにする。 波留は礼の言葉を短く述べ、自らの腕を小箱からゆっくりと外した。荷物を彼女の腕の中に委ねる。少々図体がでかいだけで重さ自体はそれ程ではないので自分で持ち続けていても構わないのだが、こう言う事もアンドロイドの仕事ではあるのだから、任せる事とした。 元々はホロンは介助用アンドロイドとして波留に貸与されていた。彼女が波留の元に任務を携えてアイランドを訪れた頃には、彼は車椅子の老人の身の上だったからである。しかし今ではそれらの属性は彼から消え去り、ホロンが彼に付き従う必然性はなくなっていた。それでも彼はアンドロイドの使役に馴染みがあり、何をさせるべきなのかを理解していた。 今まで抱えていた荷物から腕を解放された波留は、胸の前で手を動かしていた。同じ姿勢を続けていて軽くは無い荷物を保持し続けていたために、筋肉が若干強張っているのを感じている。 目の前のホロンがきちんと箱を保持出来る体勢に移行しているのを眺めつつ、口を開いた。 「――宅配窓口に持って行っても構わないよ」 その台詞に、ホロンは顔を上げた。顔を上げて箱の向こうから波留を見やり、尋ねる。 「これはどんな荷物なのでしょう?」 「超深海ダイブの際に僕が身につけていたダイブスーツだよ。全てを回収出来ている訳じゃないが」 その説明を行っている黒髪の若者を見た後に、ホロンは抱えている箱に視線を落としていた。板目の奥を透視出来るかのように、覗き込んでいる。 海の深層から吹き飛ばされた際に、ダイブスーツの外部パーツのいくつかは脱落していた。それらの回収は最早不可能だと思われるし、そう言った事は波留がやるべき作業ではなかった。 もしかしたら今後そう言った依頼がなされるかもしれないが、とりあえずの現状ではする必要が無い行為である。だからダイブスーツを完全な形で返却出来ないにせよ、彼は特に心を痛める事はなかった。 ホロンは顔を上げる。再び波留を見つめた。その顔に笑みを浮かべる。 「では、電理研からマスターに貸与されていたものですね。でしたら今から電理研に向かうのですから、このままお持ち致しましょう」 「邪魔にならないかい?」 「電理研に向かうのですから、これだけを宅配便で届けて貰うのは非効率です」 「…そうだね」 笑顔を浮かべつつもきっぱりとそう告げるホロンに、マスターである青年は苦笑せざるを得なかった。頬を指で軽く掻く。非常にアンドロイドらしいロジカルな思考だと思った。 しかしその結論には、彼個人がこの箱を運んでいた際に既に至っていたはずだった。しかし他人に持たせるとなると、どうにも宅配便を薦めたくなるものだった。彼女がアンドロイドでありこう言う使役作業を厭わない存在であっても、そう思ってしまう。 「じゃあ、他の人の邪魔にならないように、水上タクシーを使おうか」 「はい、そのつもりです」 波留は独りで荷物を抱えていた時に考えていた事をそのままホロンに伝え、彼女も微笑んでそう答えていた。そして彼が向かおうとしていた水路の方面に向かって、彼女も歩き始める。電理研秘書の制服の背中を眺めつつ、波留はそれを追って歩いた。 「電理研に到着したら、それは君が処分してくれないかな」 「了解致しました。然るべき処置をさせて頂きます」 「僕はそれを着て深海から浮上してきたからね。アイランドの地上では、汚染が心配で洗浄などは一切掛けてないんだ」 「それでは、まずはこれをサンプルとして、海洋学者の方に調査して頂く事とします」 「ここからも貴重なデータが取れるかもしれないし、そうした方がいいだろうね」 波留はホロンと出会う以前から考えていた事を伝え、ホロンはそれを了承してゆく。そんな会話をしながら、ふたりは着実に歩いて行った。 |