交通の要所たるターミナルと言う場所柄、この波留のように大荷物を持っている一般人の姿もそう珍しいものでもない。だから彼は箱を胸に抱えて限定された視界に気を配りつつも、それ程目立つ事無く歩いていた。 ターミナルの出入り口は、この建造物の規模と乗降客の利便性のために数箇所設置されている。地上は勿論、地下鉄直通通路や、近辺の水路への通路も確保されていた。人工島の主要交通機関である水上バスの最寄り駅へ直接接続出来る環境にある。 それぞれに案内板での誘導がなされており、初めての入島であっても混乱がないように設計されていた。案内板は実質上の世界共通語である英語と、この人工島の入植者の多数派を占める人間達の固有言語である日本語が併記されている。それは人工島における通常の体制だった。アジア人の経済特区として開設されている人工島であるが、この2ヶ国語のどちらかさえ解するならば不自由なく生活出来る。 波留は、このまま電理研に向かってもいいとは思う。このターミナルでは荷物の宅配も受け付けてはいるが、どうせこれから電理研に向かう身だった。宅配の手続きをするには二度手間であるように思えたし、水上タクシーに乗ればこの荷物も気にならない。地下鉄や水上バスとは違って他に乗客も居ないのだから、迷惑にもならないだろう。そのためには電理研方面に走る水路へと向かう必要がある。 様々な人間や場内アナウンスで賑やかなターミナルを歩きつつ、彼は辺りを眺める。今まで人工島の各所に見られていた20周年記念式典の告知広告は、既に過去のものであり撤去が完了していた。2061年の人工島において、殆どの掲示広告はデジタル化されており、展示期間が終了すれば自動的に消滅したり差し替えが行われたりする設定となっている。 7月31日現在、先の7月21日に開催された式典についての告知は消滅している。そして7月29日に近日点回帰となったハレー彗星の観測ツアーなどの広告も過去のものである。あちこちで差し替えが始まっている様子だった。それでも、メタルや電力のダウンを経たためか、設定の移行が上手く行っていない広告もあるらしく、ハレー彗星のイメージ画像が未だに残されている壁面も存在している。 4月から、人工島で生活を営み始めた波留にとっては馴染みの光景だったそれらの広告に代わり目立っているのは、評議会や電理研からのメタルや電力の回復の進捗状況についての告知である。平穏な日々が戻ってきているとは言え、その辺りの情報開示は民主主義の形態を選んだ人工島にとっては重要らしい。 |