平穏な朝がアイランドに到来している。
 昨日の朝は未だにメタルと電力は復旧していなかったが、今朝は完全にそれらも復旧して日常が完全に戻ってきているはずだった。少なくとも隔離病棟に居住している人々にとってはそうだった。
 病棟の外に位置する桟橋の先端にあるテラスには、人工島中学校の制服を着た少女が3人集っていた。白基調の制服に、左腕に介助実習生としての腕章をつけている。穏やかな風が彼女らのセーラーと髪を揺らしていた。
 彼女らは一様に海を見ていた。その視点は固定されており、彼女らが見ている先には船影があった。海の波の作用と大気により光の屈折により、それは揺らいで見える。
「――見送り、行きたかったよね」
 なびく髪に手を当てながら、ユキノがそんな事を言う。それにサヤカが応じた。
「実習中だから仕方ないって。波留さんも判ってるよ」
 実際に彼女らのこの時間は、患者達の朝食前の僅かな時間だった。とてもフェリー発着所まで見送りに行って戻ってくるだけの余裕はなかった。サヤカにとってはせめて起床した頃にもう一度会いたくはあったが、その時には既に波留は施設を発っていた。
 サヤカは隣に居るミナモを見やる。彼女は褐色の髪をいつものように一部結び、そこにリボンを留めている。その視線はじっと、船影に注がれていた。口許には微笑みを浮かべ、通ってゆく風を身体全面に受けている。
 何やら色々な事に対して納得している風のミナモに対して、サヤカは口を開いた。何気なく訊く。
「――そういやニャモ、波留さんとこれからどうするの?」
「え?」
 そこでミナモはサヤカの方を向いた。身体は海に向き直ったまま、首だけを曲げて少女を見やる。
「波留さんの事務所は閉めたって言うけど、これから連絡取ったりするんだよね?」
 その問いに、ミナモは顎に右手の人差し指を当てる。考え込むように視線を上げた。そして少々の沈黙の後に答えを導き出す。
「………んーどうだろ。わかんない」
「…はあ?」
 ミナモの態度にサヤカは肩を揺らした。片眉を上げ、呆れた風な態度を取る。そんな彼女に対し、ミナモははにかむように笑ってみせた。顎に当てていた手を解き、後ろで組む。
「その時が来たら、会えるよ。きっと」
「何それ」
 サヤカは溜息をついた。まるで訳が判らない。昨日の朝にはあんなに嬉しそうに抱き合っていたと言うのに、こんなにもあっさりと別れるものなのか。夕食の時だってあんなに嬉しそうに会話していたと言うのに――。
「――まあ、お兄さんに訊けばいいんだものね」
 隣からユキノが口を挟んでくる。相変わらず暢気な口調だった。
 しかしその指摘は的確であるように、サヤカには思えた。確かに彼女の兄は電理研の人間であり、現在では部長代理と言う超エリートの身分らしかった。そんな彼ならば、電理研委託メタルダイバーである波留の動向はいくらでも把握出来るはずである。
 そんな彼とミナモは、折角の血縁関係である。いざとなればそれを頼ればいいのだろう――そんな風に、サヤカは納得していたし、言い出したユキノもそうだった。ふたりで頷いている。
 ミナモは勝手に答えを出してしまったらしい、ふたりの親友を見ていた。軽く小首を傾げる。ミナモは、どうやら自分の結論と彼女らの結論は違うらしいと認識していた。
 ――そう言う事じゃないんだけどなあ。
 彼女は心中でそんな事を呟いていた。しかしそれを口に出す事はしない。自分がそう思っていればいい事だった。
 ミナモは海に向き直る。船影は先程よりも随分と小さくなってしまっていた。しかし彼女にはまだまだその影を見出す事が出来ている。
 白髪の老人が微笑を浮かべている姿が、彼女の脳裏に浮かんだ。そしてその姿は黒髪の青年へと移り変わる。容貌は変わったとしても、そこから醸し出される穏やかな雰囲気は共通しており、それがミナモを和ませてゆく。
 波留さんは、そう言う人だもの。
 彼女はそう思いつつ、満面の笑みを浮かべていた。風はそんな彼女の脇をすり抜けてゆく。
 
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