人工島の海洋公園もまた、穏やかな朝を迎えていた。 その公園内に位置するダイビングショップであるドリームブラザーズのテラスでは、朝の冷たい大気の中、小柄の男が精一杯伸びを打ちながら大欠伸をしていた。バンダナで纏め上げた髪は相変わらずばさばさであり、顎ひげも不精だからなのかファッションなのかも判らない代物である。 テラスにはラジオが置かれており、そこから音声情報のみで朝のニュースが流れている。この数日間は人工島においては激動の日々が続いた事になり、報道においてもその旨が伝えられていた。 それでも、その凄まじさの割には人的物的被害は殆ど存在していないようで、報道に乗ってこない。無論、報道管制が敷かれている可能性もある。 ――電理研においても被害状況は軽微であり、再起動されたメタルの1日も早い復旧に全力を尽くしています…―― 落ち着いた口調の女性アナウンサーがそんな原稿を読み上げている。それに彼は反応し、ラジオの方を向いた。その目許には疲労による隈が出来ている。そこを指で擦り上げた。 ラジオの隣の台には灰色基調のぶち猫が座って納まっていた。眼を閉じて眠っているような状態であるが、尻尾は伸ばされていて僅かに揺れている。 その揺れに何だか眠気を誘われた感がして、彼は再び大きく欠伸をした。そこに、背後のガラス戸が開かれる。 「――兄さん!何時までそこで和んでるの!」 「…あ?――いや、ちょっと、判ってるって!」 向こう側からやってきた巨漢の弟に、彼は片腕を取られた。ぐいぐいと引っ張られて連れて行かれそうになり、少々じたばたとする。 「今日も朝から仕事だよ。暇じゃないんだ」 「…アレ以来、連日これじゃあしんどいっつーの」 「人手不足なんだよ電理研は」 「お前は電理研の回し者かよ!当然のように言うな!」 そんな会話を交わしつつ、兄は弟に引き摺られて室内へと拉致られてゆく。そのような騒ぎが傍で起こっていても、灰色猫はその場から動こうとはしなかった。 彼の背後でガラス戸が静かに閉まり、兄弟が巻き起こしている騒ぎが遮られてゆく。テラスには朝日が差し込み、その向こうにある海が煌いていた。 何時の間にかに彼の瞼が開いていた。 その瞳が海を見透かしている。 海面に、流線型の姿が一瞬跳ねたのを、彼は確かにその瞳に映し出していた。 その後、海は静かな凪を取り戻している。 還り着いた海 - unload - |