静かな朝の海からは朝日が昇ってきている。まだ空も白み切っていない状況の中、人工島側から中型船が波間を切って航行してきていた。 人工島とアイランド間は5キロであり、それ程距離はない。海上に黒い点を確認したと思ったら、そのうちに規定航路に従ってそれは徐々に大きくなり迫ってくるものだった。 自然が残されているアイランドとは言え、港湾設備は整えられている。その中でも人工島とアイランドとを結ぶフェリーの発着所はアイランドの重要拠点だった。ここが麻痺すれば、人工島に依存している部分が多いアイランドの運営はほぼ停止してしまうからである。 そしてメタルと電力が停止していた丸1日とその夜が明けるまでは、正しくそんな状況だった。それでもいずれ復旧すると言う申し送りが人間達の本能に刷り込まれていたために、人々は平静を保っていた。実際にメタルと電力が復旧した夕方以降、人工島側と通信を行い「互いに大事には至っていない」と言う事実のやり取りを経て、急ぎ流通の復旧をする必要はないとの判断に至っていた。 そのために各種貨物は、この定期船の運航を待っての事となった。人工島側からまず定期船がやってきて、かなり多くの貨物と人員が下ろされてゆく。1日の流通停止はアイランドの住民には然程ダメージを与えていなかった。しかし少ないながらも発生している影響はある。それらの解消のため、主に食料品を中心に消耗品が供給されて行っていた。 更には電力復旧に拠っての様々なメンテナンス要員の人々も、人工島から乗り込んできていた。彼らは人工島においてのメンテナンス作業は昨晩である程度の目処を立ててきていた。そのために時間差で、今日からアイランド側の調査を行う事となった。 もっとも、昨日夕方のメタル回復以降、口頭やデータ送信などで人工島側もアイランドの事情をある程度は把握済みだった。その被害状況が軽微だと言う判断が下されているからこそ、翌朝を待ってのこの措置なのである。 そのフェリー発着所には、アイランド側からもたくさんの人間が待っていた。定期船から降りる人や貨物類を待っている人々もそこそこその場に居たが、そこに居る大半は定期船に乗って人工島へ向かおうとしている人々であった。 定期船は基本的に全席指定である。便数とフェリーに用意された席の数が充分であるために、時間に余裕がある人間ならば特に予約の必要はない。仮に珍しく席が埋まっていたとして、後の便に回されるにしても1本後で済むのが通例であるし、その便も1,2時間後と言う状態なので利便性は損なわれていないのだ。 しかし今回の便に限っては、その席は昨日の夕方のうちには完売していた。それは定期船の運航の再開時刻が決定して数時間の出来事であり、異例の状況だった。そもそもアイランドから人工島に渡る人間は、その逆よりも少なくなるのは常である。その人口比から考えてみれば当然の話であった。だから、今朝は本当に珍しい事態となっている。 発着所内に存在する乗船受付窓口には、この定期船にこれから乗船する人々がその手続きのために列を成している。波留もその中の一員となっていた。 彼は昨晩はあの後、そのまま介助施設に用意された一室に泊まっていた。結局電理研経由で身元を保証されたために、全ての請求はそちらに回されていた。つくづく人工島住民にとって、電理研とは偉大な組織であった。 スムーズに流れてゆくために待ち時間はそれ程掛かっていないが、本当に良く並ばされる昨日今日だと彼は思う。彼にとっては、まるで50年前の日本のようだった。 近場の人工島への移動だから、波留だけではなく他の人々も手荷物は少ない。しかし波留は本当に手ぶらでの乗船となっていた。 何せ想定外も良い所だったアイランド入りである。そこから人工島に戻るに当たって、持って行くべき荷物など存在していなかった。強いて言うならば身につけていたダイバースーツがあったが、それは貨物として既に受け付けて貰っている。 受付窓口に波留の番が回ってくる。彼は受付職員に、席番号などを告げる他の人間とは違い自らの名前と住民コードを告げる。すると職員が窓口設置の固定端末を検索して彼に指定された席を伝えてきた。事務的な作業に波留は頷き、その席番号を自らの生脳に記憶した。それからにこやかに礼を言い、速やかに受付から離れる。 滞りない事務作業に、昨日行った電理研の蒼井衛との通信での約束が確実に申し送りされていた事に波留は思い至る。会話していた彼から見ても、衛はこの若い容貌を「波留真理」であるとなかなか認識してくれていない様子に思えたが、それでもきちんと手配してくれたようだった。 彼は、電理研のやる事に相変わらず間違いはないと確信しつつも、この手の単純な事務作業が滞りなく進められた辺りからも、電理研は多忙ながらも混乱状態には陥っていない事をも推測出来ていた。日常はすぐそこにも到来している。 この発着所の職員にも電理研の意向が伝わっているのかは判らないが、通常時にも乗船する人間本人ではない人物が席の確保を行っている事も少なくない。アイランドが保養地でもある以上、その保護者が人工島の住民である可能性も高いからである。だから、この波留にも疑問を抱く事はない。 |