今回の食事は、トレイの上にいくつかの皿が乗せられている形式となっていた。様々な具材が投入されたクリームベースのシチューと、付け合わせとしての野菜サラダ。そこにコッペパンがひとつ。食堂の情景が学食ならば、そこで出されている食事も正しくその通りだった。 「普段はもうちょっと色々あるんですよ。でも1日流通が止まってたから、食材も不足してるらしくて」 スプーン一杯にシチューを掬って美味しそうな表情で食べつつ、ユキノは波留にそんな説明をしてゆく。 「電力停止では冷凍庫も使えなくなったでしょう。冷凍物の食材も多いでしょうに、どうなってしまったのですか?」 「それは停電前にあらかじめ纏めて保管しておいたので、殆ど無事だったみたいですよ」 波留が抱いた一般的な疑問にも、ユキノはすらすらと答えていた。確かに彼女の説明は事実である。凍っている物体を固めて置いておけば、冷凍庫の機能が停止してもその物体の低温は自分達で保たれるのが自然の法則である。施設の人々はそれを利用して食材を守ったのだ。 人工島は住民の人数に耕作面積が比例していない。そのために食材は輸入や冷凍保存されたものに頼らざるを得ない部分がある。そして流通が1日でも止まってしまった以上、残された食材は大切に使用していかなくてはならない。結果的に彼らはそれに耐え抜いた。 ここは電脳隔離病棟と言う事もあり、一般的な疾患を抱えた患者はそれ程存在しない。それでも基本的に身体が弱い老人が患者の大半を占めているために、彼らに費やされる食材には気を遣わなくてはならない。職員達はその困難に打ち克った事になる。 それらの事情を波留はユキノの台詞から推測していた。彼は暢気そうだったが、傍で訊いていたミナモやサヤカは、食べる事に関しては流石だとユキノに対して半ば呆れつつも感心していた。 ユキノの解説が終わった辺りで、ミナモは波留を見た。彼は微笑みながらシチューを口に運んでいる。 それは食堂の調理人が作った料理である。あり合わせのもので作ったような食事だが、味は確かだと彼女は感じている。だから波留にとってもそうであって欲しいと彼女は思った。自分が作った料理ではないが、彼女が勧めた料理ではある。美味しく食べて欲しかった。 「波留さん、美味しいですか?」 ミナモの声に、波留は手を止めた。スプーンをシチューの皿に差し込んだまま軽く手を離した。具を避けつつもどうにかスプーンはその場に落ち着く。 「ええ。何せ2日振りの食事ですから」 彼は笑顔を浮かべてそう答えていた。味は確かなのは前提として、それ以上に自分が空腹である事も大きな要因だった。空腹こそが食事におけるスパイスとなるものだから。 「――ええ!?そうだったんですか?」 その台詞に、瞬時に声を上げたのはサヤカだった。波留の向かいに座っていた彼女は半ば腰を浮かせ、大きな声でそう言う。波留は彼女に向き直り、首肯した。 「…言ってくれたら、あの時にでも事務員さんに何か用意して貰ったのに」 波留の暢気な態度にサヤカは何やら当てられた心境になる。浮き上がっていた腰をすとんと落とし、椅子に戻していた。 その勢いが納まった所で、次にはミナモが反応していた。確認するように、短く言葉を切って波留をゆっくりと問い質す。 「――…え、波留さん。まさか、今日の今まで、何も食べてなかったんですか?」 「はい。色々あったもので、言いそびれてしまいました」 彼はミナモに対しても暢気な口調とペースを崩さない。ミナモにとって波留とはそう言う人物であると理解していた。だから、矛先は別の方向へと向かう。 ミナモはサヤカに対してじとっとした視線を送る。何で判らないのと、その瞳がそんな風に物を言っていた。サヤカは親友のそんな態度に若干引きつつも、唇を尖らせる。弁解の言葉が口をついて出てきた。 「…だって、そんなのわかんないじゃん」 確かに昨晩は色々な事があった。それは一般人として海を眺めていただけだったサヤカにも良く判っていた。 とは言え、波留の状況は、サヤカの想像の範疇を遥かに超えていた。そもそも若返って帰って来た時点でもうオーバーフローである。波留に対して、それ以上の想像をしろと言われても、不可能だった。 普段から波留と付き合いがあり、ここまでではないがある程度の奇妙な出来事にも遭遇した経験があるミナモとは、明らかに立場が違っていた。 そんな彼女らを横目に、波留はシチューを掬って啜っていた。その口許から微笑が絶える事はない。 |