メタルへの接続が制限されているアイランドの中でも、この電脳隔離病棟は特別な場所となっている。
 裕福な人間が滞在する島なのだから個人で回線を所有する事についても多少の融通が利くようにはなっているが、ここばかりは絶対に許可されない。患者の保護を第一に考えなければならないからである。
 それでも通信手段の確保は現代社会の必然である。そのためにこの病棟においても、共用の通信端末は数箇所に設置されていた。
 その端末は、人工島などでも一般に使用されている固定端末と機能は変わっていない。電脳化している者は手をかざしたり接触させる事によって人工島と同様に電通やメタルの検索などが出来る。電脳化していない者はやはり人工島同様にペーパーインターフェイスを用いれば良い。
 仮にこの病棟の患者のように電脳アレルギーであったとしても、前世紀のテレビ電話のような使用法を成り立たせる事は可能だった。この場合、電脳化している相手側には、通話音声が伝わると共に、端末が撮影する画像を元としたダイアログが表示される。しかし名前などは入力出来ないために、名無し状態となる。通常電通と微妙に違う状態での電通との解釈となるが、特に異常と感じる人間も居ないだろう。
 メタル復旧直後だからか、波留が並んで使おうとした公共端末には長い列が出来ていた。やはり人工島側の家族なりと安否を確認し合いたい人間が多いらしい。
 基本的に介助を必要とする患者を収容している病棟であるために、並んでいるのは病院服の老人が多い。その中に混ざって、付き添いの介助士が彼らの隣に立っていたり、交替となったらしい職員が制服姿で並んでいる。そんな中では、若い男が単独で、しかも私服で並んでいるのは、目立っていた。
「――波留真理さん」
 列の先を眺めていた波留は、ふと自分の名前を呼ばれた。そのために彼は列の外部に視線をやる。そこには、今日ですっかり見慣れてしまった制服姿の事務員が、彼が駆け寄ってきていた。
 軽い注目を集めてしまっている事に彼は気付くが、現在は非常時である。特別珍しい会話とは思えない様子に、すぐにその注目は拡散してゆく。
 ともかく、その名を普通に呼ばれたと言う事は、あちら側で既に住民コードの照会は済ませているらしいと波留は判断した。おそらくはデータベース上では82歳になっているはずだが、全身義体の可能性も考慮すべき現在である。データの更新がなされていないのかもしれないと判断され、特に疑問に思われもしなかったのだろう――彼の場合は、そのデータにおいて電理研が身元を保証している事となっているのだから。
 果たして事務員は、そのような前提を波留に対して述べていた。やはり人工島住民にとって、電理研の名は強大であるらしい。おそらくは昼間のあのショップの店長も、同様の結論に至っている事だろうと彼は考えた。
 これで彼は各人に身元を証明出来、自由に動ける立場になった。やはりメタルがないと現在の社会は立ちゆかない――波留はそう痛感した。
「――ですから、波留さん。あなたがここを利用するに当たっての見積もりをお渡ししたいのですが」
 そんな中でも少しずつ列は進んでゆく。数人分が片付いた頃、そう言って事務員は彼に片手を突き出してきた。直接電通の申し出である。電脳障壁が立てられているアイランドであっても、この手法ならば電通は可能だった。
 「見積もり」と言えども、1日のイレギュラーな滞在によって発生する必要経費の話である。宿泊する部屋代やおそらくミナモが申請している夕食代に、先程借りた制服のクリーニング代やその他雑費程度であり、それは一般的なホテル代を払う程度の金額だろうと波留は考えた。
 ともかく明細を見なければ、話は始まらない。波留は自らの手を挙げる。事務員がかざして来ているその手に、自らの掌を合わせた。
 
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