結局、あの店長が見繕った衣服のうちから適当な物を選び、波留は再び外へと出る。
 店長の元へは約束通り住民コードと口座番号を残してきた。明日の朝までは定期船は運航しないだろうから、それまでは介助施設にいる予定であり、もしそれらのコード類が間違っていたならばそれこそ殴り込んで来て構わないと告げている。
 彼の現在のいでたちは、黒の長袖シャツとインディゴブルーのストレートのジーンズである。店から紙の手提げ袋を貰い、今まで着ていた介助士の制服をそこに納めている。
 先程歩いてきた、海沿いの歩道を引き返してゆく。この一帯は亜熱帯気候だが過ごし易い気温であり、長袖でも暑さはそれ程酷くは感じない。しかし黒が太陽の熱を集約しているのは、その奥の素肌に伝わってきていた。
 そこを爽やかな海風が吹き抜けてゆく。潮の香りを含んだ涼しい風が彼の長髪をなびかせていった。
 波留には、この島は50年前にも馴染みがあった。海洋観測実験と言う次元で人工島建設に携わった彼ら初期電理研の面々には、この島に滞在した日々も存在したのだ。
 そして波留にとってはそれは「50年前」ではなく、8ヶ月前の記憶だった。脳裏にその頃の様子が鮮明に残されていた。実際に、この風景は50年前からあまり変化していない。様々な事情から、開拓が最低限に留められているからだろうと彼は思っている。
 立ち並ぶヤシの木に、輝く太陽。木々の隙間には羽虫が飛び交い、若干の熱を含んだ海風が通り抜ける。路面こそあの頃からは綺麗に舗装されていたが、そこを歩いてゆくと自分の周りに馴染みだった同僚達が居るような気分にすら陥る。
 彼はふと、視線を遠くにやる。歩道の先に眼を凝らす。
 その先には、見慣れた背中があるはずだった。南国だというのに、ジャケットを脱いだもののスーツ姿である事を止めようとはしなかった親友の姿を、彼は思わず見出していた。
 しかし、今は居ない。
 風が吹き抜けてゆく。彼はそれを感じた。勢い良い風に髪がなびき引っ張られる感触がする。懐かしさに細めていた瞳が、別の色を垣間見せていた。
 視界の先には光が煌いている。紺碧の海が太陽を照り返し、輝いていた。
 
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