アイランドは、人工島よりも幾分小さい天然島である。
 その面積の大半は森林に覆われている。亜熱帯気候に属する地域のため、その森はジャングルに近い組成になっていた。そこに自生する生物達も、人の手が入った島にしては多彩である。
 この島は、元々は人工島建設の際にベースキャンプとして利用された過去がある。人工島建設予定地より5キロと言う立地条件とある程度の広さを持つ面積とが適当だったのだ。
 その際に行われたアイランドの開拓は、最低限に留められていた。人工島建設が第一であり、その他の作業にはあまり手間を割けないのが大きな事情である。そもそもここに定住する人間の存在を考慮していなかったために、大規模な開拓はなされなかった。50年を経て役割を変えた現状においても、この島は裕福な人々が別荘として住む地であり、定住者はほぼ居ない。
 現在のアイランドは人工島に属するものの、メタルへの接続が制限された区画となっている。電脳アレルギー患者をこの島に隔離して、その経過を実験的に見守る場所との位置付けになっているためである。
 メタルの回線を個人的に確保する事は可能であるため、裕福な人々が別宅として滞在する事も考慮されている。しかしそれでも人工島とは違って利便性が阻害されている島である事実には変わりはない。メタルに常時接続の人工島から逃れる事である種の癒しを求める人々のために、この島が保持している自然を最大限に生かした環境を保っていた。
 滞在する人間の絶対数の少なさと、その彼らが求めるものの事情に拠り、アイランドの居住区域は狭い。従って、居住区域は徒歩で移動が可能だった。
 特に現在の波留は「健康な青年」である。その彼は舗装された道路を普通に歩いていた。介助施設区画から歩みを進め、商業区画に到達する。
 「商業区画」と言っても、人工島とは比較にならない。ここは最低限の衣食住のための施設ばかりが並び、娯楽には乏しい。仮にそれらを求めるならば、定期船の離着岸所要時間を含めても1時間と掛からない人工島に行けばいいだけの話である。ここに来てまでそれらを求めない人々の考えが、そこに見出される。
 2061年7月30日の午前中の今、波留が歩いてきた通りには人の姿がまばらだった。立ち並ぶ商業施設にはそれぞれシャッターが下りている。
 メタルが使えない以上、決済も不可能である。特に人工島とその周辺では一般島民間においても完全に電子マネーでの金銭取引となっており、物理的に存在する貨幣は全く使用されない。そのために現在は買い物のしようがなかった。
 まばらながらも、その通りを歩いてゆく人々は存在していた。手を繋いで歩く親子らしき人々や、犬を散歩させる青年。只他愛無い会話を交わしつつ通り過ぎる少女達。そこを海風が吹き抜ける。
 そんな風景を見やりながら、波留は物思いに耽る。彼は今年初頭の数ヶ月をこの島で過ごした記憶を持ち合わせていた。
 しかしこの付近を歩いた経験はない。彼は介助施設の住民であった頃には、その外部には行く事はなかった。車椅子の老人の身の上では外出は煩雑である。
 彼は当時に電脳制御の最新式車椅子を用いており、この道路もきちんと滑らかな舗装をされているために外出は不可能ではないが、無理して出歩く必要も見出せなかった。その当時、彼は世界に興味はなく、施設外で仕入れるべき素材も介助アンドロイドであったホロンに買い出しに行かせていた。
 しかしそれらも今は昔だった。今の彼は自らの足でしっかりとその滑らかな石畳の路面を捉えて歩いている。
 人通りは少ないものの閑散とはしていない日常的な風景を眺めやりながら歩いてゆくと、商業区画の一角に存在する商店のシャッターが上がっている事に気付いた。他の店舗は見回す限り様々なシャッターを下ろしているのに、ここだけがガラス張りのショーウィンドーを覗かせて、その一角が開けている。どうやら自動ドアとしての箇所なのだろう。電力がダウンしているために手動で開いたままにしていると思われた。
 波留は何気なくそのショーウィンドー類の横で足を止めた。特にマネキンなどで衣服が展示されている訳ではなく、店舗の内部を垣間見る事が出来た。いくつものハンガーや棚が雑然と設置されており、どうやら若者向けのブティックであるらしい。
 彼はふと、そのショーウィンドーに自分の姿が微かに映し出されている事に気付いた。そこには先程シャワールームで見かけた紛れも無い若い顔がある。そしてその時とは違い、介助士としての制服を纏い若い肉体を覆い隠していた。
 アイランドでは介助施設が大きな面積を占め、この商業区画も施設からも徒歩で難なくやって来れる場所である。そのためにこんな格好の人間が歩いていても珍しくはないかも知れない。休憩時間に歩き回っている様に見えるかも知れなかった。
 しかし、介助士ではない波留にとっては、どうにも座りが悪い。改めてウィンドーを姿見として自らの服装を見やると、そんな風に感じる。
 外から覗いた分には、店員の姿は店内には見出せない。しかし本来ならば自動ドアであったはずのガラス戸を開けたままにしていると言う事は、営業の意思があるのだろうと波留は判断する。だから彼は店内に向かって一声掛け、その扉をくぐった。
 一切の電力がカットされているために、室内灯もその役目をなしていない。それでも大きく開けたガラス状の壁面から差し込む太陽の光が、どうにか店内を通常の明るさに保っていた。
 店内に足を踏み入れた波留は、軽く周囲を見回す。めぼしい品を遠目から見付けようとした。
 すると棚の一角にジーンズが並んでいるのを見つける。昔自分が履いていたような代物だった。その色合いや形状は様々なものがあるようで、サイズも揃っているようだった。
 近くのハンガーには男物のシャツ類が見当たる。これも様々なものが揃っているようだった。それらを横目に、自分のサイズはどうだったろうかと彼は昔を思い起こしつつもとりあえずは棚から、興味を惹かれたシンプルなインディゴブルーのジーンズを手に取った。
 
[next][back]

[RD2ndS top] [RD top] [SITE top]