人工島のみならず地球上の全ての地域において、メタルと電力が停止してから半日が経過していた。そしてそれは更に半日を費やす予定となっている。
 2061年現在、世界のネットワークシステムは、その次世代モデルであるメタルに移行しつつある。人工島は建設当時より、メタルの開発と運用を行うためのある種の実験場としての意味合いを持つ。そして人工島の周辺地域であるこのアイランドも、逆説的にメタルの実験場としての役割を担っていた。
 アイランドの広くは無い居住区の中でも大きな面積を占める介助施設でも、メタルと電力の停止による被害はあった。医療機関の常として予備の発電施設は併設されていたが、それに拠る発電は重篤患者のための生命維持装置へと回されている。最先端の科学を用いて構築されたこの場においても、最低限必要な箇所への電力を維持するだけで精一杯の状況だった。
 そのために、その他のシステムはダウン状態のまま放置されていた。何よりどうせ後半日待てば復旧するのだと言う共通意識が全ての人間達にあるために、特別慌てている様子もなかった。
 そんな状況の中、介助施設の受付までサヤカとユキノに連れて来られた波留は、施設の事務員に対して自分の現状と身元を説明するのに多少骨を折った。若返った云々はとりあえず説明を断念して上手く誤魔化すにせよ、人工島の住民である事を保証するデータベースにも繋がらないのだから。
 通常時ならば、住民は掌を端末にかざすだけで自らの電脳から住民コードを送信し、端末から接続される人工島データベースと自分のコードを照合出来る。それは電脳化している人間だけではなく、未電脳化の住民もペーパーインターフェイスを介する事で可能だった。つまり人工島住民は、その存在そのもので全ての住民に自らの身元を証明出来る。
 人工島では入植者から単なる観光客に至るまで、ある程度の入島審査がなされている。この島に居る人間は厳しくは無いがそれなり基準を満たしており、それを通過した時点でコードを発給されていた。
 そのために住民コードが一般的な生活においても照合に利用されている。しかし、それが不可能な現状だった。
 結局、波留が自分の記憶に十数桁の住民コードをきちんと保持しておりそれを手書きでメモに残してみせた事と、事務員には顔馴染みである介助実習生ふたりが彼の身元の保証をしようとした事から、事務員はどうにか納得した。
 更に電理研の仕事でダイバー業務をやっていたらメタルダウンで遭難したとか、そう言う説明も付け加えたのも助けになった。これは本質ではないが嘘とは言い切れない説明であるために、こんな説明をした事については波留も特に心を痛める事は無い。
 人工島住民にとっては大きな存在である「電理研」の名を出した事は、事務員には大きな印象を残したのだ。そんな名称を不用意に騙る住民は、居る訳がないのだから。本当か嘘かは調べればすぐ判る事であり、仮に騙ったとして、その人間への電理研からの報復すら都市伝説めいた話として一般市民の間には出回っている。
 メタルダウンしている現状ではあるが、半日後には復旧する。その際に住民コードを照合すればいい。電力が落ちていて向こう岸の人工島とも連絡が取れない状況である。定期船も運航出来ていない。
 だから半日後にも波留はまだこの島にいるから、逃げられやしない――そう言う話でひとまず落ち着いた。そこでようやく波留はシャワーを借りる事が出来た。
 そもそも住民データベースに繋がらなくとも、この介助施設の入居履歴を辿ったならば自分の身元を証明出来ただろうかと波留は思う。しかし、介助施設の住民であった頃の自分は、老人だった。それと今の自分のコードが一致する事が発覚しては、他者の住民コードの不正使用との疑いを掛けられ、却ってややこしい事態になってしまう可能性が高いようにも思われた。
 とりあえず今回の話は着地を見せたのだから、事情を知らない人間にはこれ以上の余計な話はしない事にした。これがある種の小狡い考えである事は、彼も否定しない。
 
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