「…波留さんも、その格好のままじゃあ、まずいですよね」 ユキノの言葉に気を取り直したサヤカの声が波留の耳に届いた。そのために彼の回想めいた想いは打ち切られる。 「そうですね…」 彼は両手を広げ、自らを見た。その視界に入ってくる袖、そして腕や胴を覆うのはダイバースーツのそれである。確かにこのままの格好では陸上で活動するのは奇妙な状態だった。動きも若干疎外されているし、何よりいくら海沿いの施設とは言え人目を惹いて仕方がないだろう。 「介助施設に来て下さい。職員さんに頼めば、服を貸してくれると思いますよ」 「そうそう。私達が波留さんの身元は証明しますから」 ふたりの中学生が口々にそう言って来た。そんなに簡単な問題なのかは判らないが、ともかくサヤカは波留に手を差し伸べた。彼は微笑んでその手を取る。 掌が重なった時、サヤカはきょとんとした表情を浮かべた。が、すぐに気を取り直したように頷く。 「――あ、そうか。メタルってまだ落ちてるんでしたよね」 「…そうですね」 波留は目を細めて笑った。彼はサヤカが今思い至った思考の流れを理解していた。 昨晩から、メタルは人為的な電力停止に拠りシステムダウンの状態に置かれている。そのためにメタルに依存した全てのシステムは、現在全く機能していない。 電力停止がなされたのは、昨日の日も暮れた時間帯からだった。その事態が巻き起こされた原因は、気象分子にあると誰もが知っている。あの時誰もが心の中に響いた声によって、それを知ったのだ。「気象分子を分解するためにはメタルの停止が必須であり、そのためには電力を落とす必要がある」と、唐突に誰もが理解したのだった。 そしてその停電は24時間続ける必要があると、そこまで刷り込まれていた。彼らにとってその情報は絶対的な真実であり、疑う余地などなかった。それだけの時間が経てば、電力は戻りメタルは復旧する。逆に言えば、残り半日は確実にメタルと電力のダウンが維持される事が確実だった。 このアイランドでは実験の一環として、元々メタルに接続出来ないように電脳障壁が立てられている。そのためにメタルがダウンしたとしても、それそのものでの状況変化はあまりなかった。無論、電力停止の面では多大な影響をこうむっている。 しかしアイランドにおいても、接触電通は可能だった。それは大気中を漂うナノマシンである環境分子を介するものではないために、障壁の影響を受けないからだ。だから、人工島と同様に、手と手をかざし合ったり握手したりでのデータのやり取りは可能だった。 だが、メタルがダウンしている今、それすら出来なくなっていた。生まれた頃からの人工島住民であるサヤカにとって、手を重ねたら情報のやり取りが出来るのは、常識だった。だからそれが不可能だった事態に、一瞬戸惑ったのだろう。そして理性でその理由を把握し、納得したのだろう。 「――まあ、お言葉に甘えて中に行きましょうか」 「そうしましょう」 波留は重ねた手とサヤカを交互に見てから、そう言った。サヤカもそれに頷く。 只単に手を取り合って、ふたりは砂浜から陸地へと歩き出す。 その後ろからユキノが着いて来ていた。朝ごはん何かなあとか、そんな言葉を交えつつ。 |