「――あなたがサヤカさんで、あなたがユキノさんですね」
 ミナモが去り、穏やかな海岸線にふたりの女子中学生とひとりのダイバーめいた男が残されていた。そのダイバーは相変わらず微笑を浮かべ、少女達にそう話し掛けていた。彼が口にした名前と、その際に視線を合わせた少女の顔は一致している。
「え、そうですけど」
 その一致に、サヤカは戸惑い答えた。
「ミナモさんからお話は常々伺っていました」
 サヤカはミナモよりも背は10センチ以上高い。そんな彼女であっても、この男にはミナモ同様に見上げないと視線が合わない。そうやってその微笑んだ表情を見やりつつ、サヤカは奇妙に思い始めた。先程ユキノに中断された思考が再開される。
 これでは彼は、まるでミナモとは昔からの知り合いのようではないかと、サヤカは思った。どうやらやはり今朝初対面だった訳ではなさそうだった。それはいきなり抱き合っていた時点で、辻褄が合う。
 しかし、サヤカはミナモがまさかこんな大人の男性と知り合っていたとは知らなかった。メタル経由の付き合いだったのだろうか?でも電脳化していないミナモには、メタ友のような存在を持つのは難しいはずだった。そもそもそんな性格でもなかったはずだ。
 そんな疑問符をたくさん浮かべたサヤカの顔を見て、男は笑う。すっと胸に右手を当て、軽く頭を下げた。
「申し遅れました。僕は波留真理と言う者で、ミナモさんには春からお世話になっています」
 その台詞の内容を、サヤカは一瞬理解しかねた。しかし次の瞬間には脳がその内容を汲み取り、声を上げていた。
「――波留さん!?」
「はい」
 自分が名乗った名前を少女に繰り返された彼は、頷きつつ苦笑を浮かべた。その彼に対し、サヤカは身振り手振りを交えてしどろもどろに言葉を並べてゆく。
「え、だって、ハル爺……じゃなくて、波留さんってお爺さんですよね!?息子さん…いや、お孫さんですか?」
 彼は混乱している茶髪のショートカットの少女に、苦笑交じりの視線を送っていた。常識的な判断を働かせたならば、確かに彼女の言う通りの結論に至るだろう。
 彼女らはあの時もこの介助施設で一緒に訓練を行っていたと、この波留はミナモに訊いていた。ならばあの時点の情報に拠り、波留と言う名の人物は80歳を越えている老人だと知っているはずだ。ならば彼女の目の前の「波留」を名乗る青年は、息子と言うにはあまりには若過ぎるだろう。
 同姓であるばかりではなく、「真理」と言う名前まで同じである事までは彼女には把握出来ているだろうか。メタルに繋ぐ事が出来ないこの場においては、生脳での記憶に頼るしかない。もし記憶していたにせよ、孫にならば同じ名をつけてもおかしくないかもしれない。そう考える可能性もあるだろう。
 ――彼女はそんな風な考えをしているのだろうかと、波留は思った。しかしそれらの考えは実は間違っている事を、きちんと指摘してあげるべきだろうと彼は考える。
「…実は僕は、そのハル爺でして」
「――え!?だって、あの時は本当に白髪のお爺さんだったじゃないですか!」
 良く考えてみれば、奇妙な会話である。しかしこれが事実なのだから、仕方がない。この際、彼女が自分の事をどう呼んでいたのかは、不問に処す事にした。波留としてはそこは流した上で、苦笑と共に説明する。
「僕にも良く判らないのですが、昨晩の海に潜って来て、帰ってみたら、こうなってしまいました…」
「――そりゃあ、昨日の海は赤く燃えたり、夜には波が無くなって光ってたりしてたですもんねえ…」
 そんなのんびりとした声が、向かい合ったサヤカと波留の脇から聴こえてきた。そこでは、少々背の低いユキノが目を細め口許に手を当て、何か考え込んでいるような顔をしていた。しかしふたりの視線を受け、手を下ろす。波留を見た。
「きっと海の精霊さんとか妖精さんとかが、何かしてくれたんでしょうね」
 ――どちらかと言うと、深海の魔女なんですが。
 波留はそんな風に、黒髪の少女の言葉に心中で突っ込みを入れていた。彼の脳裏には、あの黒基調のゴシック風ドレスを纏い、謎めいた笑みを浮かべた女性の姿が去来する。そしてその背後には――。
 
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