豊かで暑い人工島の一般家屋には通常装備である空調の音が微かに響く中、スプーンが陶器に当たる固い音が混ざって聴こえた。そんな中、キッチンのテーブルに隣り合わせで、手製のプリンを食べている兄妹が居る。
 ソウタには、口の中が若干甘ったるくなってきたように感じられて来ている。テーブルの上に用意してあったミネラルウォーター入りのガラスコップに手を伸ばし、口をつけた。
「――ああそうだ。波留さんの事務所の冷蔵庫から、お前のプリンとかアイスとか、引き揚げたからな」
 コップを下ろす。持ち替えたスプーンを進めつつ、ソウタはさりげなく言った。
「え」
 彼のその台詞は覿面だった。ミナモがかちんと硬直した。それに気付かないような素振りで、ソウタは続ける。
「うちの冷蔵庫に異動してるぞ。安心しろ、お前が決算してるんだからそれはお前の財産だ。捨ててない」
「――って、何でソウタが知ってるのよー!!」
 ミナモの頓狂な声が、キッチンから吹き抜けている1階全体に響く。彼女に握り締めたスプーンの尻が、かつんとテーブルに当てられた。
「今まで知られてなかったのを奇跡だと思え」
 無愛想に言いつつも、彼はプリンにスプーンを進めていた。今日、結局ミナモは事務所に来なかった。やはり今日は友達付き合いの方を優先したらしい。だから、ソウタによるこの処理を今まで妹に知られる事はなかったようだ。
 彼が自身で述べたようにそれらを捨てずに、手間をかけて持ち帰っているのは、保護者としてではなく「個人」として妹を尊重した結果である。家族を「個人」として尊重する。それがこの人工島の住民の一般常識だった。
 大体、現在、ソウタも波留の事務所では非常勤の立場となっている。その彼がたまに出向いた時は良くお茶の準備などをしているのだ。波留のキッチンを良く利用する立場である以上、冷蔵庫を開けていてもおかしくないのだ。
 ――そこまで考えが行かなかったのならば、やはりこの妹の考えは、浅知恵なのだろう。兄はそう思い、少し鼻で笑った。
 彼のその態度に気付いたのか、ミナモは隣で唸っている。スプーンが陶器の底に到達する。と、そこに彼女は茶色い物体を見出す。プリンらしく、カラメルが一番下に敷かれていたらしい。新たな味の発見に、彼女の顔が判り易く明るくなった。
 ソウタもそんな彼女の様子に気付く。顔には出さないものの微笑ましい気分になる。

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