「久島さんにも差し入れるの?」
「…何故、先生にもなんだ」
 ミナモのとんでもない問いに、ソウタは呆れた声になる。その彼の態度が不満だったらしい。ミナモは唇を尖らせる。
「だって、久島さんだけ除け者ってのも」
「何だそりゃ」
 ソウタはますます呆れてしまう。どうやらこの妹には、久島永一朗と言う人物がソウタ直属の上司かつ電理研の統括部長であると言う意識が、全くないらしい。ミナモの中では彼の存在は、あくまでも「波留さんの親友」と処理されている様子だった。
 彼女は、人工島における最重要人物のひとりと気楽に会話を交わしている日々なのだが、それを自覚していないのは良い事なのだろうか。ソウタには判らなかった。しかし、他人の威を狩るよりはマシだとは思っている。その辺りは、彼女の美点であると認めざるを得ない。
 それはともかく、ソウタは妹に、冷静に現実を伝えた。
「大体、先生は全身義体だから、無理だ。これは食べられない」
 久島は82歳の生身ではなく、30代の容貌を全身義体化によって保っている人物だった。彼の身体を形作る要素は、アンドロイドのホロンと変わらない。そのために彼はホロン同様に、人間仕様の食事は全く出来ない状況だった。
「そっかあ。残念ね」
 ミナモは自身の台詞で表された内容が、態度にも出ている。本当にこの妹は判り易いと兄は思った。
 ――と言うか、何か?俺にプリン片手に電理研に出社しろってのか?そして先生のオフィスで、先生に対してプリンを差し出せってのか?この妹は。
 ソウタにとって、それはあまり想像したくない光景だった。
 仮にそんな事をすれば、彼の上司である久島は一体どんな態度を取るのだろうかと思う。
 昔だったら呆れたような、奇妙なものを見るような顔をされるだろうと想像出来た。が、どうも最近の久島を見ていると必ずしもそうではないような気も、彼にはしている。目覚めた波留との付き合いが久島を変えつつあるのか、それともそもそもの彼の素があんな感じだったのか――。
 ともかく、本当にこの妹の感性は、彼にとっては良く判らない代物である。

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