洗った食器類を乾燥機にかけてから、ソウタの手によって冷蔵庫から出されたものは、陶器のカップだった。綺麗に拭かれたキッチンのテーブルの上、ミナモの座る席の前にそれが1個置かれる。
 既にスプーンを片手にして臨戦態勢を取っていたミナモは、そのカップを覗き込む。その中には黄色い物体が入っており、固まっていた。その滑らかな表面には気泡や濁りは全くない。
 ミナモは興味津々と言った様子で、そこにスプーンを差し込んだ。柔らかい感触がスプーンを通して彼女の指に伝わってくる。容易くスプーンは黄色い物体に刺さり、一口分を掬う事が出来た。彼女はそれをそのまま、口に入れる。
 軽く咀嚼した段階で、彼女にはその正体が判る。口の中に物を入れたまま、彼女は言った。
「――あ、カボチャだ」
「ああ」
 ソウタの声が彼女の考えを肯定する。それは、カボチャのプリンだった。何か他の甘さも混ざっているような気もするが、ともかくカボチャの味が大きく彼女の口の中に広がる。
 他には余計なトッピングはなくシンプルな味わいだが、それ故の滑らかな食感が心地良い。きちんと裏漉しされているのかと彼女は思った。お菓子をあまり作らない兄にしては上出来だと考える。
 が、彼女にとっては少し気に掛かる部分もあった。それを素直に口に出す。
「でもあんまり甘くないよ」
「俺は素材の甘さを引き出したいんだ」
 テーブルの周りを歩いていたソウタがそう答える。ミナモはスプーンでプリンを削り取りながら続けた。
「私はもっと甘い方がいいなあ」
「…お前、甘いものばかり食べ過ぎなんだよ」
「だって甘いもの好きなんだもん」
 そんな会話をしつつも、ミナモのスプーンはどんどん進んでゆく。何だかんだでこのプリンも嫌いではないらしい。
 歩いていたソウタは、冷蔵庫からもう1個プリンを取ってくる。ミナモの隣である自分の席にそれを置く。スプーンを棚から取り出し、自分も席に着いた。プリンを一口掬い、食べる。製作者として完成品の味を確かめた。
 彼としては、個人的にはこんな甘さで充分であるように思われた。洋菓子として適当なグラニュー糖は入れているし、そもそもカボチャ自体が結構甘いものなのだ。
 普通の男ならば、あまり甘味料は足したくないものだろう。この甘さで充分なのは、何も自分に限った話ではないだろうと、彼は思う。
「――でも、どうしてこんなの作る気になったの?」
「ん?まあ…――」
 ミナモの台詞に、ソウタはプリンを含みつつ、口篭った。彼の口の中でカボチャの風味がほどけてゆく。
 隣のミナモがそんな彼を覗き込んでくる。彼はちらりと妹を見ると、彼女は好奇心一杯の顔をしていた。その表情に軽く引きつつ、彼はぼそりと言った。
「…今度、人数分作って、波留さんの事務所に持って行こうかと思ってな」
 ソウタのこの台詞に、ミナモは顔を輝かせた。両手で拳を作る。その右手に握られたスプーンに力が入った。勢い込んでソウタに言う。
「うわあ、波留さん喜ぶよ!」
「ならいいけど」
 妹の高いテンションに対し、兄は淡々としている。――どうもこの妹は、自分が甘いものが大好きなものだから、誰もがそうだと考えてはいないか?それこそ、男も例外なく甘いものが好きだと思っていないか?
「人数分なら、ホロンさんにも作るの?」
「本来ならそうしたいが、義体用食材でこんなものを作れるのか俺には判らない。妥協して似たような義体用プリンでも持っていくかもな」
 現代の科学技術において、義体と人間は口に出来るものが違っている。そして義体用食材は人工的に加工された仮の食物であり、それ故に既に料理の形を取って販売されているものが多い。
 だから、それらを更に加工して別の料理を作製する事は難しいように、彼には思われた。料理する人間としてはそれに挑戦したいのは山々だが、無理なものは無理だと認める事も重要である。

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