事務所における昼下がりのお茶会は、特に滞りなく進んでいる。今回は特にテンションの高い人物が居る訳でもなく、話が弾む事もなかった。茶菓を出すようなメンバーでもなかったために、紅茶そのものを楽しんでいる。 「――ありがとうございます。いつもながら美味しいですよ」 微笑んでそう言う対面側の白髪の老人に対し、ソウタは軽く会釈した。 波留は紅茶には何も入れていない。ストレートで飲んでいた。紅茶を淹れた側としては、何の味でも誤魔化していない状態で褒められているのだから嬉しくない訳ではない。 波留はあの夢の時のように、礼儀作法がしっかりしている。それがまたソウタにとって夢を連想させて心が乱れる。が、今回はまた別件が、彼の心に現れていた。だから、夢の事は押し退ける。 「――波留さん」 ソウタは紅茶入りのカップを片手にして、呼びかけた。老人は目を細めたまま彼を見やる。頷いて促した。 それに呼応するように、ホロンは軽く頭を下げ、席を立つ。一段下がった事務スペースへと引き下がった。結果、応接間には人間ふたりだけとなる。 「波留さん」 「何か?」 改めてソウタが呼びかけると、波留もまたにこやかに促した。それにソウタは紅茶のカップをテーブルの上のソーサーに戻す。そして切り出した。 「冷蔵庫に、ミナモのものが随分と御厄介になっているようですが」 「ああ…――」 波留は笑顔を浮かべて頷いた。視線を空に向け、何かを思い返そうとしている様子である。 「買い出しをお願いした時に、御自分のものも買って来られているようですよ。と言っても、領収データを見るに、御自分のものは別の明細で決済されているようです。ですから御安心下さい」 それは確かに、ソウタにとって安心出来る事である。話に良く訊く孫のように老人の善意をいい事にたかっているとすれば、彼は本気で妹を叱り付ける所だった。 だから、別の事が気に掛かる。むしろこちらが彼にとって本題だった。前者の可能性など、ソウタは殆ど考慮していなかった。自分の妹がそこまで卑しい人間だとは思っていなかったから。一般論としてはそこを心配するだろうから、波留は敢えて言ったのだろうと判っている。 ソウタは軽く頷いた後に、また切り出した。 「しかし、夕食前にここでああいうものをミナモが食べる事を黙認されては、保護者としては困ります」 妹の食事を全て管理しているつもりであるソウタにとって、自分の知らない場所でこんな事をされているとすれば、困るのだ。何のためにカロリー計算をしているのか。こんな余計な物を食べていては太ってしまうだろうにと、彼は思っていた。 「ミナモさんをあまり叱らないであげて下さい。あの程度なら大丈夫でしょう」 ソウタには波留の口振りが何時にも増して暢気に聴こえる。だから大きく溜息をついた。肩が揺れる。 「波留さんは御存知ないんです。あの手の洋菓子ときたらクリームや脂肪分の塊で、1個食べると取り返すのが大変なんですよ」 無愛想に言った後にソウタは再びカップの蔓に指を絡ませた。そのまま持ち上げ、紅茶を啜る。彼が楽しむのは、牛乳を程好く入れたミルクティーである。 「とは言え、食べている時のミナモさんはとても幸せそうです。ストレスにならないようした方がいいのではないですかね」 波留はそう言い、彼もカップを口に付ける。少しだけ口に含んだ後に、また笑った。 「それに、ミナモさんも考えてらっしゃるようですよ。何でもアイスは冷たいから消化のためにカロリーを消費するんだとか」 「そんな訳ないでしょう…」 波留の口から代弁されたミナモの言い分に、ソウタは深い溜息をついた。――全く、浅知恵だか自分に都合のいい解釈だかには恐れ入る。中学3年生程度のレベルではあっても多少は知恵が付いてきたらしいと彼は妹に思いを馳せた。 |