光芒と共にメタルにログインした波留が出現したのは、大講堂と呼べるような部屋だった。下方に教壇めいた場所とボードが存在し、そこから徐々に階段状に机と椅子が並んでいる。波留はその後方付近の席に着いていた。 昨日使用したリアルの会議室とは明らかに規模が違う。そして既にこの場にログインしているアバター達の人数も、全く違っていた。どうやらアバター会議だけあって、波留のチームだけではなく、このプロジェクトに関わる人間全てに招集が掛かっているらしい。 それでもこれは事前に予告されたものではなく、臨時招集会議である。波留が先程ミナモに説明したように、招集メールを受け取った全員が全員メタルに接続出来る環境にあった訳ではないだろう。特にダイバーともなれば、環境分子に乏しい場所にいる可能性もある。 だからこの会議は早目に切り上げられるはずだったし、ある程度の用件が終わった時点で抜けても咎められる事は無いだろうと彼は踏んでいた。大体これだけの人数である。ディスカッションなどを行う余地はなさそうだった。 それにしても、これだけの人数が集まると圧巻だと波留は思う。彼の前方に座っている人間の服装も様々だった。無論アバターなのだから当人の姿をそのまま模しているとは限らないのだが、これは公的な会議の席上である。アバターの外見であまり遊ぶのは不適切だろう。 ともかく彼の視界に入っている姿は、白衣であったり単なる電理研の制服であったり、或いは全く違う企業の制服だったりスーツ姿の人間だったりしていた。それだけ大規模なプロジェクトであるのだと、波留は改めて思い知らされる。 ひとまず彼は自らの電脳を走査する。しかし新たな情報は届いてきていない。 それから彼は目視して周りを探るが、どうも各自好き勝手な席にログインしているらしく、彼のチームに所属するメンバーの姿が見当たらない。この講堂のメタル自体にチーム分けするような設定がなされていないらしい。今回の会議において、それを行う意味がないと言う事かと彼は判断する。 会議が始まるまでにはまだ時間があるようで、波留は両肘を机に突いた。手を組んでその上に顎を乗せる。暇に任せて何気なく前方の席に目をやると、見慣れた黒髪の青年の姿がある事に気付いた。アバターも普段のリアルの姿と変更してはおらず、律儀に服装まで同様の青シャツである。 ――彼もこのプロジェクトに関わっているのか。 波留にはそれが意外だった。名実共に久島の腹心であるはずの彼まで引き抜かれて動員されているとすれば、電理研にとってもこのプロジェクトは社運を賭けていると言う事だろうと波留は考えた。 そしてこの事実を波留は今まで全く知らなかった。どうやら親友同士とは言え、互いに守秘義務は万全に守っていたらしい。自分達はつくづく健全な関係なのだと実感し、苦笑が漏れた。 そんな時、蒼井ソウタと言う名のその青年が、ふと振り向いた。彼もまた波留同様に暇だったらしく、周りのアバターを眺めていたらしい。しかし彼は波留とは違って前方の席に着いていたために早いうちにそのネタも尽き、後ろを見てみる事にしたと言う事だろうか。 ソウタの顔が波留の方を向く。波留は彼と視線が合った気がした。思わず微笑み掛ける。互いの席の距離は遠いが、表情が見えない訳ではなかった。 しかしソウタは軽く首を傾げ、そのまま身体を前方へと戻して行った。波留に背中を向ける。 ――僕の存在に気付かなかった? 波留はまたしても意外に思った。運動能力に優れている彼ならば、静態視力も動体視力も優れていると思っていたからだ。しかし認識して貰えなかった。人間の数が多いからだろうか――そう結論付けようとしていた。 その時、波留は自らの手が視界に入った。組んだまま顎の下に敷いていたそれを、視線を落として見やる。 その手の甲は肉厚で、逞しい印象を与えるものだった。骨の感触はあるが少なくともその上に筋肉は充分についている。 思わず彼はその手を解いた。ゆっくりと指を広げ、両手の掌を目の前に広げる。 そこには、いつもの節くれだった老いた掌はなかった。血色がいい肌を有したしっかりとした指がある。 そして彼はその手首が収まっている衣服にも視線が行った。普段の服装ではなく、白衣の袖口がそこにあった。その袖の内側からは更に、黒色のシャツが覗いている。 その事実を認めると、波留はゆっくりと顔を上げた。軽く驚いたような表情を浮かべている。そして思いついたように彼は右手を頭の後ろに回す。その手で、頭頂部から髪を撫で下ろした。 いつもは髪の結び目は上の方にあるはずだった。しかし今は、そこにない。もっと首の付け根の辺りにあった。彼はその髪を捕まえ、曲げるようにして肩口へと持ってくる。それ程長い訳ではないので少し苦労するが、顔を傾けて彼はそれを見た。 その髪は白ではなく、黒かった。それを確認した彼は、すぐに髪の束を後ろに放った。少しばかりゴムが緩んだような気もするが、どうせアバターなのだから気にしない事にした。 |