ふたりは互いに自分と相手の真実を理解している。しかしそれでも波留は苦笑した。久島に対して笑い掛けるように、言う。 「こんな所に盗みに入る奴が居るものかね」 波留の笑顔に久島は首を左右に振った。親友の態度に、あまりに楽観過ぎるきらいを感じたからだ。大体、今回の襲撃も、あり得ない出来事であったはずだ。 それに電理研の支配者のひとりである久島との繋がりが知れたならば、却ってテロに巻き込まれる可能性も高くなるかもしれない。そもそも現状の事務所は、それを考慮しての高度なセキュリティ設定となっていた。その設定は波留に事務所が引き渡された時点で既に組み込まれている。 その事実を久島は特に波留には伝えていないので、波留がそれを知っているのかは謎である。だが、メタルに関する様々な設定を変更する技術レベルを持つ波留ならば事務所の設定にも目を通していてもおかしくないし、洞察力があるのだから一般の事務所にしては高度なセキュリティ設定から導き出される回答に行き着いてもおかしくはないだろう。しかし、ともかく波留は何も言ってはこない。久島が閲覧出来る範囲には、セキュリティ設定のレベルを落としている事実も見当たらなかった。 ともかく波留は自分の身の安全をあまり考えていない様子だった。だから久島は別の方向から攻める事にする。視線を車輌群に固定したまま言う。 「ホロンがあの状態だ。最低でも1日はオーバーホールに費やすぞ。その間の君の介助はどうするつもりだ」 その介助用アンドロイドは、外部に潤滑用オイルや体液を流出させる程に破損していた。波留はホロンのメンテナンスをある程度は出来る技術力を持っていたが、ここまで物理的に破壊されると手に負えない。現状では、ホロンが所属する電理研にそのメンテナンスとオーバーホールを依頼するしかなかった。 そうなると彼の傍に居るべき介助用アンドロイドがしばし不在となる。車椅子の身の上で介助人が居ないのは、生活する上で非常に困る事になるだろう。久島が言いたいのはそう言う事だった。 それに対して波留は少し眉を寄せた。考えるように視線を中空に向ける。しかしそれもすぐに終わり、久島を見上げて微笑んだ。 「なら、代わりの介助用アンドロイドを貸してくれないかな」 これもまた波留にとっては通常の考え方だった。介助用アンドロイドはホロンのみではない。時折電理研を訪問した際に、デフォルト設定の介助用アンドロイドの世話になる事もあった。ホロンをメンテナンスに送る以上、その代替機の貸与の要請は通常の要求であるはずだった。少なくとも波留はそう考えていた。 しかし久島はその波留の発言と態度に、大きく深い溜息をついていた。前髪を掻き上げる。どうもこの男は、こう言う事情については、はっきり言わないと判ってくれないらしい――今の彼はそれを痛感していた。だから、はっきりと言う事にする。 「だから、いっそ暫く電理研で過ごせ」 「………は?」 たっぷり数秒の間を置いてから、波留はぽかんとした表情を見せていた。今日はこの親友の間に微妙なずれを見出してばかりだが、今回のこれはその最たるものだった。そんな波留の態度を無視して久島は平然と続ける。 「大体、来賓施設の一室が既に君専用と化しているじゃないか」 その指摘は正しかった。波留はメタルダイブ後のメディカルチェックや久島から依頼を受ける際など、或いは単なる私用として、良く電理研を訪れている。人工島は人間が居住する事を念頭に置いて全てが設計されているために、大通りから外れない限り車椅子での移動も苦にはならない。 その際に泊まり掛けになってしまったり、そうでなくとも長居する場合には来賓施設の一室を借りるのが慣例となっていた。それが続くとその都度いちいち準備するよりも同じ部屋を確保した方が早いと言う考え方となり、結果的にある一室が波留専用となっている。 「今回の件で、私や電理研が君に迷惑を掛けた事は事実だ。だから事務所の修理もホロンのメンテナンスもこちらが責任持って行うし、それはその間の君の生活の安定も変わらないよ」 波留は親友の勧めに考え込む。実は波留もそれは考えないでもなかったが、やはりそこまで面倒を掛けるのは悪いような気もしていた。が、久島が言うにはどうやら面倒でもないらしい。 「そうなると、暫くこの事務所も開店休業だな…」 呟くように言った波留の言葉に、久島は彼の方を見る。そして少し微笑んで彼を覗き込むようにして告げた。 「事務所とホロンの修理が終わるまでは君に依頼は回さないよ。もし電理研以外の依頼をこなしたいなら、うちの施設を貸しても構わないが」 「…いや、それは君の立場としてどうなんだ」 波留は久島の言葉にまたしても呆れた声を上げてしまう。電理研統括部長としての権限を行使すれば多少の無理は利くだろうが、電理研以外の依頼をこなす電脳ダイバーに対してそこまで入れ込むのは立場上やってはならない事ではないだろうか。幸いにも波留の事務所の現状ではそんな依頼は抱えていないし、そう言った依頼が常に転がり込んで来る程に売れている事務所でもない。 波留は顔を上げた。奇妙な考えを打ち切る。後ろを振り向き、久島に笑い掛けた。 「まあ…それじゃ、暫くご厄介になってもいいかな」 「決まりだな」 久島は相好を崩した。ともかくこれで、当面の波留とこの事務所の方針は決定した。 |