そのうちに少女の店員が再びトレイに品物を載せてやってくる。緑の瓶と、他には透明な中瓶。小さめのコップも付けて波留の前に置き、笑顔で波留から金を受け取ってゆく。 「何だそれ」 新たに出てきた瓶を見て、久島は怪訝そうに問う。 「泡盛」 それに短く答え、波留はその瓶を開けた。透明な液体をコップに注ぐと、きついアルコールの香りがテーブルに漂う。 「コップが1個って、君だけか」 「お前は止めておいた方がいい。そのビールで我慢しておけ」 「何故」 「その程度のビールで酔ってる奴だから」 「酔ってないぞまだ」 「あーはいはい」 最早適当な相槌だった。波留はコップを口につけ、傾ける。ビールとは比較にならない熱さが喉を通った。これで彼もようやく酔える気がしてくる。旨そうにコップから口を離し、拭う。そして笑顔で久島に話しかける。 「まあ、上司の愚痴を聞けるうちが華だからいいけどさ」 「…その態度の何処が、私を上司と認識してるんだ」 久島は呆れ切った声を出していた。 そもそもタメ口を利いている時点で何かが違う訳である。第三者が居る前でも、波留は久島に対してはこのペースを崩さない。彼は別の上司に対しては普通に応対するために、単なる礼儀知らずではなかった。が、初めてこのふたりの関係を見た人間は、面食らうのが常である。 自分で泡盛をコップに注ぎ足しつつ、波留は久島を見ないまま言う。ペースを崩さない。 「たまたまそっちが先に出世しただけだしなあ」 波留は久島より2歳年下だが、大学の卒業年次は同じだったために同期入社だった。そして同じ研究員待遇のはずだった。それが何時の間にか、波留はダイバーチームを率いつつも久島の専属として研究に付き合っている形になっている。 泡盛のきついアルコール臭が僅かながら、コップから久島の方まで漂ってくる。それに彼は顔をしかめた。誤魔化すように彼は瓶に口をつけ、ビールを飲んだ。そして口を離し、言う。 「私だって好きで出世している訳ではないぞ」 久島にとっては単に研究を進めていったら、それが企業の利益に繋がり、それ相応の地位を得ただけである。あまり地位を上げては現場に出られなくなるのではないかと言う危惧もあるが、それはまだ先の話であり、そもそもそこまで到達出来るとは限らなかった。 「――まあ、お前の部下に収まってる方が、実験に付き合い易いしな」 「ありがたい事だ」 波留の言葉に久島は頷く。出世欲がないのは自分も相手も大して変わらないらしいと感じ、それはこのお互いの関係で助けになるだろうとも思っている。 「感謝して貰ってありがたいが、結局俺は潜れる環境なら何処でもいいんだよ」 「…まあ、お前がそう言う奴だって事は、私も判っている」 波留にさらりと言われ、久島は苦笑した。結局は彼の親友はそこに行き着く事も、判っていた。 「しかし私には君が必要だからな。他のダイバーでは出来ない事をしてもらっている」 だから彼はメタルを作り上げた。それに合わせたナノマシンも開発し、波留に投与した。それらは全て波留のために設定したものだった。今となっては彼の研究の殆どは、波留に特化している。 「まあ、これからも宜しく頼みますよ。主任」 波留がそう言ってコップを差し出すと久島は笑ってそこに瓶を当てた。喧騒の中、澄んだ音が響く。 |